【UTCP on the Road】中澤栄輔
UTCPが21世紀COEからグローバルCOEへと衣替えをしたときから、わたしはUTCPの多種多様な活動に携わってきました。ちょうどそれはわたしが博士課程に入って少ししてからのことで、それこそ右も左もわからないのに、新たな知がそこで生成される「哲学の現場」に投げ入れられたと言えましょう。いくども失敗をし、恥もかなり上塗りしましたが、それでもわたしはUTCPで多くのことを学び、多くのものをいただいたと思っています。考えさせられることも多かったです。そのひとつに新しい大学院教育があります。
グローバルCOE期のUTCPの特徴のひとつは(「共生のための国際哲学教育研究センター」という名称にすでに表されているように)教育プログラムの運用にあります。わたしがUTCPで担当していた業務のひとつも、大学院総合文化研究科の特設科目に位置づけられたUTCPの教育プログラム、「共生のための国際哲学」プログラムの整備と実施でした。UTCPの教育プログラムには既存の専攻による大学院教育のような規定の路線が前もって準備されていたわけではありません。あらゆることが手探りで、試行錯誤しながらだんだんと形作られていったというのが実情です。その試行錯誤のなかで、「若手哲学研究者にとってどういった教育が必要か」という問いは常に念頭にありました。実はそれはわたしにとってみると「わたし(若手哲学研究者のひとり)にはどういった教育が必要か」と問うことでもあったのです。それにたいするひとつの回答が「徹底的現場主義」とでも呼べるようなものです。若手哲学研究者がファカルティ・メンバーとともに研究者同士が触れ合って知が生産されるその現場に出て行って、そこで「どうにかしよう」と奮闘することによって哲学的思考を鍛える、それを徹底的にやる、これが徹底的現場主義です。そしてそれは、研究のうちにこそ教育があるのだという信念、哲学は対話のなかで生まれるという哲学観、国内に籠らず海外にも打って出るのだという気概、他分野の研究者とコミュニケーションをとる知的好奇心、そういったものに裏打ちされています。
こうしたUTCPの教育プログラムは新しい大学院教育を模索する実験的取り組みです。既存の専攻による大学院教育はそれぞれの専門分野において蓄積されてきた豊かな知識の体系を次の世代に伝承していくことに適したシステムです。UTCPの教育プログラムはそれを補うものとして位置づけられます。それは対立するのではありません。専門分野の知識を補うようなしかたで学際的かつ国際的に研究を遂行する能力の育成を目的にしているのです。いわば、専門分野を超えたところにある、風通しの良さ、自由な雰囲気がUTCPの教育プログラムの特徴であると言えましょう。
わたしの置かれた状況のユニークなところは、こうした新しいUTCPの教育プログラム(の一側面)を実施する実験者の一人であると同時に、被験者でもあるということでした。こうしたユニークで恵まれた立場だったから、わたしは十分にUTCPの教育プログラムの恩恵を受けることができました。そして、大学院教育について考えるという貴重な機会を得ました。わたしが被験者としてUTCPで受けてきた教育にしっかりとした実を結ばせることができるかどうかはまだこれからのわたしの努力の先にありましょう。しかしそれとは別に、わたしが実験者として得たものもまたこれからさらに育てていこうと考えています。すなわち、UTCPで実施してきた新たな大学院教育を模索する実験的取り組みを、これからも継続的に発展させていくにはどうしたらよいか。それもわたしの課題のひとつです。
これまでお世話になりました小林康夫先生、中島隆博先生、立石はなさん、また、UTCPでご一緒させていただいた先生や研究員の方々皆さんには本当に感謝しております。これまでほんとうにありがとうございました。
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