【報告】UTCPワークショップ「北川東子と女性の哲学」
2012年2月28日、UTCPワークショップ「北川東子と女性の哲学」が開催された。このワークショップはUTCP事業推進担当者であった故北川東子教授の哲学的営為を振り返るかたちで会が進められた。
まず小林康夫拠点リーダーから、「共生」を掲げる哲学センターとして同僚の死を悼むための場を設けるというワークショップ開催の動機が説明された。また、UTCPから北川氏の未完におわった哲学を紹介するブックレットが刊行予定であることが告知された。氏には『ジンメル』(講談社)、『ハイデガー』(日本放送出版協会)にといった著書があり、2000年以降は「女性の哲学」をめぐる考察を書物に纏めようとしていた。哲学がきれいに完成した形で世に現れないということが偶然であれ必然であれ、この路半ばで途絶した「女性の哲学」を出発点として北川氏を偲ぶことが本ワークショップの趣旨であるとされた。
次に西谷能英氏(未來社社長)から、1980年代の駒場キャンパスにおける北川氏との出会いに始まり、『女の哲学』――「女性の哲学」ではなく――という単著の刊行を企画するに到ったいきさつが述べられた。北川氏を励ましながら少しずつ原稿の執筆を依頼するなかで中断してしまった往復メールの一部が朗読された。それは、刊行されるはずであった著作の核心をなす部分、すなわち「女として生きてきたこと」「産むこと」「『産みたい』という気持ちになること」をめぐって率直な文体で書かれた断章であった。西谷氏はこの哲学書を刊行することが叶わなかったことへの深い悔恨の念を表明していた。
金泰昌氏(公共哲学共働研究所長)は、北川氏とともに討論したエピソードを回想した。金氏と北川氏の出会いの機縁となったのは、「男性的すぎる」場であった京都フォーラムをどのように変革するかをめぐっての議論であった。両氏は、女性の哲学/男性の哲学を別個に確立するのではなく、女性と男性がともにする哲学を構想するためのプロセスとして女性の(女の)哲学の開始を優先せざるを得ない、という認識で一致したという。この新たな始点(アルケー)を探究するにあたって、第一に、男性対男性のエロース的な関係によって高次の知恵を生み出すことが目標とされたプラトン以来の哲学の歴史を系譜学的に解体することが必要とされる。また金氏の側からは、韓民族固有の感情とされる「恨」の感情を参照し、これを社会変革の普遍的な原動力として規定しなおすことができないかとの提案を行ったという。金氏は、最後に、孔子の「與に權【はか】る」という言葉を解説し、このような共同の知のあり方を北川氏とともに実践できたことはかけがえのない経験であったと評していた。
この後、跡見順子、高橋哲哉、竹中英俊、竹峰義和、田中純、徳盛誠、中島隆博、そして西山達也によって、思い出とエピソードが紹介された。北川氏の生い立ち、思考、テクストへの取り組み、語り口、等々、この哲学者のさまざまな「生の形式」が淡々と回想される穏やかな会であったように思う。
(西山達也)