【UTCP Juventus Afterward】井戸美里
UTCPを巣立って新天地で活躍されている六名の方にUTCP Juventus特別篇としてブログ執筆をお願いしました。題して、UTCP Juventus Afterwardです。最終回は井戸美里さん(表象文化論・日本美術史)です。
今年の3月、大学院に入学して以来追い続けてきた絵画作品「月次風俗図屏風」についてまとめ博士論文として提出をしました。現在は日本学術振興会特別研究員として引き続き米国、ハーバード大学で在外研究中ですが、ハーバード・イェンチン研究所での在外研究の様子については以前まとめたことがありますのでこちらもあわせてご参照ください。
博士論文では、中世最末期に制作された「月次風俗図屏風」(旧岩国藩吉川家に伝来、現在は東京国立博物館所蔵)の図像分析を通してそこに描かれた風景の意味を模索していきました。京都の名所や行事を描く扇面画などからモティーフを継承しながら、一つ一つの場面をコラージュのように編み込んでいる本作品における図像の網目を解きほどく作業には、予想以上の時間を要しました。この作品の伝来した吉川氏との関わりの深い行事や風景を基軸としながらも、地方の歌謡作品に歌われる詞章との関わり、さらに、当時武家の間で流行していた幸若舞などの芸能との関わりを想起させる画題などにより、本作品には新たな世界観が構築されているのです。詳述することはできませんが、ここには、織豊政権から徳川政権にかけて象られていく「統一」された日本という像には回収しきらない、都や異国との間を自由に往還する地方の風景の残像を垣間見ることができるように思われるのです。こうした作業の過程で浮かび上がってきた、中世末期から近世にかけての「風景」の考察を今しばらく続けていこうと思っています。
日本の絵画作品に描かれる風景は、その起源として和歌の歌枕などの「言葉」によって生み出されることに大きな特質が認められますが、そうした和歌の歌枕によって規定されてきた「名所」の概念を伴う風景を始めとして、〈松〉、〈竹〉や〈浜辺(洲浜)〉などのように、場所を特定できないようなより祝言性の高いモティーフが描かれた襖や屏風絵の風景、また、歌枕などの名所的な世界から切断されることによって生み出された、首都を描く「洛中洛外図屏風」、「江戸図屏風」などの「都市図」や、西欧との交渉が始まったころに現れる「南蛮屏風」などの港湾都市を描く「異国」の風景も射程に入れながら考察を行っています。
私自身は以上のように中世末から近世初期の絵画作品に映し出された風景を追い求めていく予定ですが、イェンチン研究所やハーバード大学の日本、中国、韓国の美術史研究者たちと協力しながら、東アジア文化圏における美術のあり様について考えるワークショップも企画しています。このワークショップは、タブローとして想起されるような西洋の絵画とは異なる形で展開してきた東アジアの絵画作品、つまり、屏風や絵巻物(画巻)、掛け幅などが享受される空間―政治、儀礼、文芸の場―との関わりから問い直すことを目的としたものです。このワークショップについてもまた報告の機会を得ることができればと考えています。