【報告】UTCPワークショップ「海賊と国際秩序」
2011年8月2日、UTCPワークショップ「海賊と国際秩序」が東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム1で開催された。同イベントでは、『現代思想』2011年7月号(特集=海賊――洋上のユートピア)の執筆者のうち4名が集い、約2時間半にわたって討議を行った。
過去にもUTCPでは『現代思想』の特集「人間/動物の分割線」(2010年7月号)を土台としたワークショップ「人間と動物の共生」が開催されている。今回のワークショップでは、「海賊」をめぐる同誌の論考の中でも、とりわけ国際法およびそれに隣接する国際秩序の問題を議論の出発点とし、阿部浩己、宮﨑裕助、矢部史郎、星野太の4名の寄稿者が討議に加わった。
近年、とりわけ法哲学や文化研究の領域において、「海賊」という主題を扱った著作が英語圏を中心に目立つ傾向にある。今年の春に刊行されたペンシルヴァニア大学出版局の学術雑誌『Humanity』における海賊特集号を一瞥してみても、今日「海賊」という形象がふたたび法や政治の領域における主要なトピックとして回帰しつつあるという印象は強まるばかりである。そのような動向のなか、このたび刊行された『現代思想』の特集号は、ラインバウ+レディカー、P・L・ウィルソン、G・クーンらによる主要文献の翻訳(抄訳)をはじめとして、法学、社会学、思想史、ジェンダー研究にいたるまで、きわめて多様な論考が並ぶ特集となった。そこでまず司会の星野太(日本学術振興会特別研究員/UTCP共同研究員)が、本ワークショップの主旨を説明したのちに、上記の特集全体を俯瞰する発表を行った。
阿部浩己(神奈川大学)氏は、『現代思想』に掲載された論考「〈人類の敵〉海賊――国際法の遠景」を土台としつつ、自身の専門である国際法学の観点から「海賊」と「国際共同体」の関係を明快な仕方で説明した。それによれば、古来より海賊は所与の共同体によってたえず召喚されてきた「他者」であり、国家は海賊を「人類の敵」として措定することで現在の国際共同体を作り上げてきた。特に近年目に付くのは、従来ならば公海という場所にのみ見出されてきた海賊が、現在では領海、領土においても同じく見出されるようになっているという事実である。つまり、今日における「海賊」は、ある意味でそれ自体が「動く海」として、陸/海の別を問わずあらゆるところで恣意的に措定されているのだ。
宮﨑裕助(新潟大学)氏は、今回訳出されたダニエル・ヘラー=ローゼンの「万人の敵」(2009年の同名の著書の抄訳)とそれに付随する論考「海賊たちの永遠戦争」(それぞれ星野との共訳・共著)を下敷きにしつつ、「「海賊パラダイム」の時代」と題する発表を行った。同発表では、ヘラー=ローゼンの『万人の敵』において提起された「海賊パラダイム」という概念や、昨今の国家が「人道の敵」に対して行使する違法性・非人道性(米国によるグアンタナモ収容所での捕虜虐待やビン・ラディンの暗殺など)が紹介された。そのうえで、かつて「人類の敵」と名指された海賊を、そうした国家/制度的な暴力に対する抵抗の拠点の名として読み替える必要性が指摘された。
最後の発表者である矢部史郎氏は、「近代海賊の系譜」という自身の論考にも言及しつつ、海賊論の可能性をさまざまな仕方で提示した。その多様な論点のすべてを紹介するのは困難を極めるが、そのさいに矢部氏がもっとも強調していたのは、国家の外の「自治」という問題である。今日かろうじて国家の取り締まりを免れるものとして具体的に言及されたのは「労働組合」と「教育」であるが、矢部氏が強調したのは、いわゆる「近代海賊」と呼ばれる者たちが、国家の外で国家とは異なる自治のあり方を志向していた(志向している)のではないかという点だ。大小さまざまなエピソードを交えた矢部氏の発表を通じて、たんなる「無法者」ではない、新しい共同体の構築に示唆を与える存在としての海賊の姿が浮き彫りにされたと言えるだろう。
その後、4名のパネリスト同士の議論に加えて、会場からも多くの質問が投げかけられた。その一部を紹介すれば、(1)欠損した身体に対する欲望を喚起するという点で海賊は文化的に極めて特異な存在なのではないか(G・クーンの論考を参照のこと)、(2)海賊に関する記録(アーカイヴ)の不在のなかで海賊を研究することは、人文学における従来のアーカイヴ概念を揺さぶる可能性を秘めているのではないか、(3)「近代」海賊という名を用いることで、むしろ近代における海賊の多様性が失われてしまう危険があるのではないか、といった指摘がなされた。
今回の『現代思想』に収められた多様な論考が顕著に示しているように、海賊は法学・哲学・社会学・地域研究などのさまざまな分野で――裏返せばしばしば非体系的な仕方で――研究されている。その点に鑑みて今回のワークショップではひとまずその主題を「海賊と国際秩序」に絞ったが、結果的に多方向に延びていった今回の議論は、むしろその横断的なアプローチの必要性を浮き彫りにしたと言えるかもしれない。『現代思想』の特集によって実現した今回のワークショップが、今後の海賊研究に向けた研究交流のひとつの契機となれば幸いである。なお最後になるが、今回の特集を企画され、当ワークショップの実現にもご協力いただいた『現代思想』編集長の栗原一樹氏に感謝を申し上げたい。
(星野 太)