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【報告】宮下志朗先生退官記念講演「ユマニスム=ヒューマニズムの原点」

2010.10.04 村松真理子, 宮下志朗, 大橋完太郎

2010年9月15日、東京大学駒場キャンパスにて、この9月で東京大学を退職される宮下志朗先生の講演会が行われた。宮下先生は昨年までUTCPの事業推進担当者を務められていたこともあり、いわば「退官記念講演」にもあたる今回の講演は、UTCPメンバーにとって、宮下先生の長きにわたるお仕事を垣間見る貴重な機会だったといえよう。

最初に同じ言語情報学科に所属される山田広昭先生から宮下先生のご業績に関する簡単なご紹介があり、そのあと「ユマニスムの原点とは:エラスムス、ラブレー、モンテーニュ」という題の講演が開始された。

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「ユマニスム=ヒューマニズムの原点」という課題自体は、小林先生からの要請を受けてのものだったらしく、きわめて意義深いものであると同時に広範なものでもあるが、宮下先生のご回答は、西洋近代の端緒の歴史を洗練された仕方でなぞりつつ、その歴史自体の持つ深みをも感じさせるような含蓄に満ちたものであった。ごく単純にしか紹介できないのが残念ではあるが、ユマニスム=ヒューマニズムという語の背景に古典的な文献学者たるフマニスタhumanistaの存在があることを指摘しつつ、彼らの精神が今日ではリベラル・アーツと呼ばれる自由学芸に端を発していること、またその主たる文学的伝統がキケロ的な修辞学に発することなどが、フランス語、イタリア語、ラテン語など、複数のヨーロッパ言語のあいだを自在に縫いながら説明されていった。ユーモアあふれる口調でなされた先生の説明のなかでとりわけ印象に残ったのは、当時の「フマニスタ」という単語が持つ諧謔的なニュアンス――今ならば「パンキョー教師」と呼ばれるようなそれ――であった。だがまさしく先生の講演で明らかにされたように、ルネサンスの人文主義者たちが近代の地殻変動を引き起こす知的源流を構成したのだとするならば、そこには駒場キャンパスで「パンキョー教師」として多くの情熱をささげられた先生の同朋や先達、後進たち、そうしておそらくは先生自身に対するささやかな自負と矜持が読み取れるのではないだろうか。宮下先生の御発表は、先端性と歴史性とに対するリベラル・アーツ的な明敏さをその可能性として示していたように思われる。

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先生があげられた点でもうひとつ興味深かったのが、当時のユマニストたちが備えていた流動性 mobilityの高さである。ラテン語で書くことで著作を流通させたエラスムスのエピソードや、ユマニスト的な探求における「自己」と「風景」の同時発見、また「思索するためには散歩する空間が必要だ」と述べたモンテーニュの言葉など、先生がひかれた数々のくだりから考えるに、人文学者は決して単なる「文献に引きこもるもの」ではなかったのである。彼らの生き方のなかには、つねに思索的生 vita contemplativeと活動的生 vita activaが等しく賭けられていたのではないか。ヒューマニティーの活性化が問われて久しい今日の状況ではあるが、いやむしろ、ヒューマニティーは活発な流動性なくしては成り立たなかったのではないか、と考えざるを得ない。

実は、宮下先生の真骨頂は、そうした歴史的・伝統的な議論に裏打ちされた「真の教養(ほかにも「書物」の歴史をめぐる魅力的な話さえそこには盛り込まれていたのだから)」だけではない、と最後に申し添えたい。上記の議論のあいだになされたささやかな脱線、あるいはそのあと挿話的になされた先生のラブレー、モンテーニュの翻訳エピソードなど、宮下先生がゆっくりと思いだすように語られた数々のディテールのなかに、宮下先生がユマニストとともに探し求めてこられたひとつの「スタイル」や「声」がある。報告者にその「声」を再現することは不可能だが、先生が連綿と続けられた翻訳著作の中に、その「声」が確かに息づいているのだということを確信した今回の講演会であった。願わくばもう少し先生のお話をうかがう機会を持ちたかった、という思いを強くしたのは、おそらくは報告者だけではなかったであろう。

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最後になりましたが、この会を組織し、照れる宮下先生を講壇に引っ張り上げたのは村松真理子先生です。宮下先生と村松先生に感謝を申し上げるとともに、宮下先生の新天地でのご活躍を心より祈念申し上げる次第です。宮下先生、今までありがとうございました。

(大橋完太郎)

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