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【UTCP Juventus】柵瀨宏平

2010.09.15 柵瀨宏平, UTCP Juventus

【UTCP Juventus】は、UTCP若手研究者の研究プロフィールを連載するシリーズです。ひとりひとりが各自の研究テーマ、いままでの仕事、今後の展開などを自由に綴っていきます。2010年度の第20回はRA研究員の柵瀨宏平(フランス思想)が担当します。

 私はこれまで「プシュケ」をめぐる諸科学、つまり精神分析や心理学、精神分析と哲学との交錯に関心を持ち、研究を進めてきました。その際、特に注目してきたのが精神分析家ジャック・ラカンと哲学者ミシェル・フーコーの仕事です。
 ラカンが精神分析という言説に内在しつつ、プシュケをめぐる諸科学の認識論的基礎を明らかにしようとしたとすれば、フーコーは科学史的な観点に立脚しつつ、これらの科学の成立を可能にした歴史的条件を問うたのだと言うことができるかもしれません。ここでは私が取り組んでいる研究について(1)ジャック・ラカン研究(欲望と悲劇)、(2)ミシェル・フーコー研究(プシュケをめぐる諸科学の系譜学)に分けてご紹介したいと思います。

(1) ジャック・ラカン研究:欲望と悲劇

 20世紀初頭ジクムント・フロイトによって創設された精神分析は、人間の欲望とはいかなるものなのかについて省察を重ねてきました。そしてそのことに関しては、「フロイトへの回帰」を唱え、精神分析を刷新することを目指したフランスの精神分析家ジャック・ラカンも例外ではありませんでした。彼は精神分析を「欲望の科学」として位置づけ、欲望の問題を自らの思索の中心に据えたのです。
 ではラカンはどのようにして人間の欲望に接近しようとしたのでしょうか。そこで彼が参照したのが悲劇というジャンルです。すでにフロイトは、欲望がはらむ困難について考えるために『オイディプス王』という悲劇を援用していたわけですが、ラカンはこうした傾向をさらに先鋭化し、悲劇のテクストを読解することを通じて自らの欲望理論を構築しようとしたのです。
 ラカンはセミネールや論文において多くの悲劇に言及していますが、本格的な分析の対象としたのは、シェイクスピアの『ハムレット』、ソフォクレスの『アンティゴネ』、そしてクローデルのクーフォンテーヌ三部作です。このうちこれまでもっと多くの論者の関心を惹き付けてきたのは『アンティゴネ』論でしょう。それに対して私は、修士論文で『ハムレット』論を取り上げることにしました。というのも『ハムレット』論には、ギリシア悲劇の読解を通じてラカンが練り上げたのとは異なった欲望理論が見られるのではないかと考えたからです。
 では二つの欲望理論の違いはどこにあるのでしょうか。その際ポイントとなるのは、欲望と死との関わりです。ハイデガーを援用しながら、欲望の主体とは死へ臨む存在に他ならないと断言するラカンにとって欲望と死とは不可分なものですが、両者の関係は『アンティゴネ』に代表されるギリシア悲劇と『ハムレット』とでは微妙に異なっているのです。前者において死へ臨む主体は、秘かに、しかし決定的な形で死を望む主体、すなわち自身に固有な死を欲望する主体へと書き換えられてしまいます(今年7月に講演いただいたパトリック・ギヨマール氏ならば、ここに純粋欲望の論理を見ることでしょう)。これに対して『ハムレット』においてこの固有な死の欲望は、最終幕で「やっつけ仕事」のようにして生じるハムレット自身の唐突な死によって不可能なものとされます。こうしたハムレットの展開は、ギリシア悲劇に比して中途半端なものと思えるかもしれません。しかし私はこうしたハムレットの死のうちに、フロイトの『快感原則の彼岸』以来、精神分析的な欲望理論に潜在している死の欲望という契機を批判的に再考するための手掛かりを見ることができるのではないかと考えています。ラカンによる『ハムレット』論の詳細に関しては今年度中に論文の形で発表する予定です。


(2) ミシェル・フーコー研究:プシュケをめぐる諸科学の系譜学

 ラカン研究と並行して、私はミシェル・フーコー研究、とりわけこの哲学者とプシュケをめぐる諸科学との関わりについての研究を行ってきました。フーコーといえば、『言葉と物』で提唱された「人間の死」が有名ですが、彼が人間なるものを問題化するための舞台としたのが、プシュケをめぐる諸科学の歴史的研究なのです。
 こうした研究を進めるにあたりフーコーが依拠したのがエピステモロジーというフランス独特の科学史・科学哲学研究の学統です。普遍的なものとしての認識論を拒絶し、科学哲学と科学史とを緊密に結びつけながら、領域的な合理性がいかにして歴史的に形成されたのかを探究するこの学統は、20世紀に入りコイレやカヴァイエス、バシュラールといった重要な研究者を輩出することになります。なかでもフーコーに大きな影響を与えたのはジョルジュ・カンギレムでした。フーコーは、医学史、生物学史の泰斗として知られるこの科学哲学者から正常と病理、規範といった多くの問題系を引き継いだのです。また彼らがニーチェへの関心を共有していたことも注目に値します。
 とはいえフーコーは、プシュケをめぐる諸科学の科学史的研究にカンギレム的視座を応用したというだけではありませんでした。むしろカンギレムの仕事と対照するとき、フーコーによる研究の特異性が浮き彫りになるのです。カンギレムは医学史研究との関連においてしばしばプシュケをめぐる諸科学について言及し、時にはそれに厳しい批判を加えることもあったのですが、こうした批判の立脚点になっていのは彼独自の人間主義でした。これに対して、カンギレムから引き継いだ規範概念を参照しつつプシュケをめぐる諸科学の歴史研究を行ったフーコーは、この作業を通じて人間主義に対する全面的な批判を展開することになったのです。
 ではこうした差異はどこから生じたのでしょうか。フーコーは人間主義の何を問題としたのでしょうか。これについて考えるために私はまず、フーコーの博士論文『狂気の歴史』について検討してみたいと考えています。というのもこの著作においてフーコーは、プシュケをめぐる諸科学と人間という概念の緊密な繋がりを明らかにした上で、それに対して痛烈な批判を加えたからです。なかでも私が注目したいのは、フランスにおいて精神医学という学問が誕生する前夜にあたる18世紀末の思想的状況に関してフーコーが加えた分析です。この議論に対してはこれまで多くの精神医学史家によって実証主義的観点から批判が加えられてきました。私はこうした研究を参照しつつ、フーコーが分析の対象とした諸テクストを実際に検討することで、彼がいかなる見地に立ってプシュケをめぐる諸科学の歴史を描き出そうとしたのかを明らかにしたいと考えています。そしてこのことはフーコーの手法とエピステモロジーのそれとの異同について考えるためのきっかけともなりうるのではないかと思います。
 最後になりますが、フーコーとプシュケをめぐる諸科学に関連して、私が共訳者として参加していた『ピエール・リヴィエール:殺人・狂気・エクリチュール』(河出書房新社)が先月出版されました。これは19世紀前半フランスで起こったある尊属殺人事件を出発点として、フーコーを中心とした研究グループが19世紀フランス精神医学をめぐる知と権力の問題について分析したものです。ご興味がおありの向きは是非お手に取ってみてください。

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