【報告】第8回こまば脳カフェ
2010年5月19日、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系の博士課程に在籍する竹村浩昌さんをお招きして、第8回こまば脳カフェ「錯覚を科学する―錯覚と脳の不思議な関係」を開催しました。
竹村さんは、現在、外界の対象物と私たちの内的な感覚の対応関係を探る心理物理学の研究を行っています。今回の脳カフェでは、様々なグループが取り組んでいる心理物理学研究の成果を紹介しながら、心理物理学とはどのような学問であるのかということと、心理物理学が脳科学研究の中で果たす役割について解説していただき、それに続いて昨今の心理物理学の研究トピックスをいくつか紹介していただきました。
まず最初に、竹村さんは、誰でも容易に体験できる「錯視」を用いて、私たちの「見え」が定量化可能であり、その「見え」は物理量として測定できる外界の刺激に応じて調節可能であることを紹介しました。たとえば、「蛇の回転」とよばれる錯視は、静止画であるにもかかわらず、円が回転しているように知覚されます。この錯視の場合、円を動いて見える方向とは逆の方向に物理的に回転させると、その回転速度に応じて私たちは円の動きを感じなくなります。つまり、錯視が見えなくなる回転速度を、私たちが錯視を感じる量として定量化するのです。心理物理学では、このようにして定量化された内的な感覚と、外界の刺激の相関関係にのみ注目して、この関係を関数関係として数式で記述します。その際、心理物理学では、このような規則的な相関を実現させる内部の挙動をブラックボックスとみなします。
では、心理物理学は脳科学研究の中でどのような役割を果たすのでしょうか。脳科学研究では心理物理学でブラックボックスとみなした内部の挙動を脳の活動そのものだと捉えます。つまり、外界の刺激と内的な感覚との間に規則的な相関関係が成立するとしたら、脳の活動がその規則性を生じさせる活動を担っているということです。その点において、心理物理学で得られた関数は、脳を知る上でなくてはならないものであり、脳科学研究は常に心理物理学研究と結びついて前進するといっても過言ではありません。このように心理物理学と脳科学が非常に密接な関係にあることを竹村さんから紹介していただきました。
心理物理学の最近のトピックスとしては、質感の知覚や時間の知覚、異種感覚間統合が引き合いに出されました。質感の知覚では、私たちのキャベツの鮮度の知覚は、ある物理量を調節することによって一定に変化しうるという非常に興味深い事例を紹介していただきました。また、会場を交えた議論の場で話題になったのは異種感覚間統合の問題です。これは、私たちが少しだけ時間をずらした聴覚の刺激と視覚の刺激を経験する場合、時間が経つにつれ、その二つの刺激が同一時間に生じているように感じるというものです。視覚と聴覚の統合問題は、映画の吹き替えやアニメーションのアフレコといった身近なところで私たちも経験します。そのせいか、会場の皆さんの質問がこの話題に集中していた感もありました。
今回脳カフェは、ファリシテーターとしては、準備段階から「分かりやすさ」に重点を置いていました。ただ、専門家と非専門家が共存する脳カフェの場では、参加者全員がその「分かりやすさ」を享受できたかどうかという疑問は残ったままです。しかし、実際に脳カフェの場で感じたことは、当日の参加者全員によって脳カフェは作られていくものであり、専門家・非専門家のそれぞれが、たとえ同じ知識は共有できなくても、その場でそれぞれが何かを得ることができればそれでよいのではないかということでした。そのためには、運営側の今後の課題としては、参加者の方々の対話が促進するような努力が必要であると感じました。
竹村さんには、専門家のみが集う学会発表とは異なる脳カフェにおいて、準備段階から様々な要望に応えていただきました。結果的にとても分かりやすいスライドおよび説明にしていただいたことについて、ここであらためて感謝の意を表したいと思います。今後、脳カフェを通じて多くの方々が脳科学における問題について関心を寄せていただければ幸いです。
西堤優(共同研究員)