【イマージュに魅せられて 3】 Ecole de Printempsに参加して
*UTCP事業推進担当者の三浦篤さんによる不定期連載第3回です。
2010年5月30日。サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場近くのホテル。初夏のフィレンツェは日差しがやや眩しいものの、透明な空気に満ちあふれていた。明日から参加するEcole de Printemps (International Spring Academy)への期待感は、一週間後も決して裏切られなかったと言っていい。
【アルノ川】
Ecole de Printemps(「春のアカデメイア」とでも言おうか)という美術史系の国際集会の存在は日本ではあまり知られておらず、それはそれで一向に構わないといった性格のものだ。フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、スイス、アメリカ、カナダなど欧米各国のいくつかの主要大学の美術史研究者たちが有志で作った国際的な学問共同体で、毎年5月か6月にどこかの都市に教師と大学院生が数十名(教師約20名、学生約40名)ほど集って、一週間のあいだ決められたテーマに基づく研究発表と見学会に明け暮れるという催しなのである。いわゆる学会やシンポジウムと性格を異にするのは、若手研究者のレベルアップと相互交流という教育的な配慮を最優先している点であろう。確かに一週間、寝食を共にする経験は大きい。さらに多言語主義を採用している点も重要で、原則として英仏独伊の4カ国語ならどの言葉でしゃべっても構わない、議論する上でどうしても必要なら誰かが通訳するというやり方である。教師たちはポリグロットも多く、学生たちも複数言語の習得を自然に促されることになる。
【ドイツ美術史研究所での発表風景(司会はゲアハルト・ヴォルフ教授)】
この組織を中心となって立ち上げたのは、ハーヴァード大学のアンリ・ゼルネール教授(前会長)とパリ第10大学のセゴレーヌ・ル・メン教授(現会長)で、今年で第8回目を数える。一週間の催しなので、受け入れ側の組織作りや予算確保は大変だったと想像され、今年はフレンツェ大学のマリア・グラーツィア・メッシーナ教授の獅子奮迅の活躍ぶりが印象に残った。発表会場や見学会も含めて、フィレンツェ大学の他に、ドイツ美術史研究所、ウフィッツィ美術館、ピッティ美術館などフィレンツェの美術史関係諸機関の協力を仰いでおり、プログラムの内容も充実し、とてもうまく組織されていた。今回のテーマは「肖像画」で、私も最後の自画像セクションでマネの自画像についてフランス語で発表させてもらったが、いろいろ質問も出て意義深かった。ちなみに、そのときの発表会場はバーナード・ベレンソンゆかりのイ・タッティ荘に当たっており、建物と庭園、周囲の眺望の美しさは真に記憶に残るものだった。
【お世話になったマリア・グラーツィア・メッシーナ教授(イ・タッティ荘)】
教師は幾人かは発表したが主に司会担当、あくまでも学生たちの発表が中心で、発表時間は20分、質疑応答は10分と決められていた。最初は教師からの質問が多かったが、そのうち学生たちも少しずつしゃべり出す、といった成り行きは日本とそう違わない。学生たちはかなりの数の応募者からセレクトされているので、力のこもった内容で、総じて聞き応えがあった。これだけの数の発表が集まると、西洋美術史学の最新動向がほぼ網羅されているような印象があり、その点でも興味深かった。しかし、雰囲気そのものは和気藹々としており、学問の場におけるマナーについても学ぶところがあった。私も日常とは違った多言語の学問環境に一週間浸り続け、美術史的な知のシャワーを浴びて、心身ともリフレッシュしたような気がしたものだ(もっとも、その効果は帰国するとすぐに消えたのだが……)。
【私の発表場面】
【質問するル・メン教授】
実は、昨年ゼルネール、ル・メン両教授を私のプログラムで招聘して、「絵画の生成論」シンポジウムを開催したことがご縁となって実現したのが、今回の私のゲスト参加であった。同じく昨年UTCPで講演、セミナーをしていただいたヴィクトール・ストイキツァ、ダリオ・ガンボーニ両教授もまたこの催しに参加されたことがある。美術史学のレベルの高い国際的ネットワークの中にこれから日本の若手研究者を入れることを目論んで、私も敢えて参加させていただいたのである。その結果、私自身も委員会メンバーに加えていただき、来年度のフランクフルト大会から、少数とはいえ日本からの学生参加を受け入れることが認められたのは幸いであった。また、UTCPの期間内に実現することは難しいが、将来的に日本で Ecole de Printemps を開催したいというのが私の願いである。ただし、日本語を第5の公用語にすることはまず無理であるから、我こそはという学生諸君は得意な語学に磨きをかけておくことを勧めたい。
今こそ日本の人文系研究者は国際的な研究交流の場に積極的に参加していかねばと、改めて思い返しながらの一週間であった。
【歓迎会(後列中央はゼルネール教授)】
【ウフィッツィ美術館見学会】