【UTCP on the Road】高榮蘭
韓国語の話者である私が日本語に出会ったのは大学1年の時でした。それまで、生まれ育った光州の周辺から出たことがなかったです。いわゆる「標準語」の話者にすらあまり出会ったこともなく、「ソウル」や「東京」はテレビのむこうにある世界にすぎなかったです。そのような環境で、しかも、まだ植民地の記憶が強く刻まれていた韓国語とのトラブルを抱えながら、日本語という言語の記憶を蓄積してきたと思います。
来日して17年目に入りますが、日本近代文学を研究する過程でさまざまな偶然の出会いがありました。韓国語話者でありながらも、日本語の書物に接し、日本語で論文を書き、日本語で発表と講義をする生活をしているうちに、過去の記憶を共有しない人々―他者が、東京という空間で「日本語」を媒介としながら暮らすことの意味について考えることが多くなったわけです。
その意味で、多様な言語、多様な専門、多様な人種が交錯しているUTCPという空間は、日本語・日本の近代だけに目を向けていた自分を相対化する場であったと思います。東京大学の出身者でも、哲学専門でもない私とUTCPの出会いは偶然だといえば偶然でしょうが、中島隆博先生をはじめ、中期教育プログラム「哲学としての現代中国」の個性的なメンバーとの出会い、その場での2年間の経験は非常に刺激に富むものでした。また、自分が主体になって、異なる専門の研究者らと短期教育プログラムを作ったり、公開行事に関わったりなど、UTCPという場を通して領域横断的な接触と移動を繰り返していたと思います。
これから、多民族が共に暮らす都市・東京にある大学で、「国文学」専門の学生に向かって日本の近代文学・文化について話す生活が始まります。UTCPでの経験が、自分の専門領域との新たな会話の通路を見出す上でどのように生かされるのか。自分自身も非常に楽しみにしているところです。
2年の間、UTCPの皆さまには大変お世話になりました。ありがとうございました。
高榮蘭
高榮蘭さんのUTCPでの活動履歴 ⇒ http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/0245_ko_young_ran/