【報告】パレスチナの〈破壊の歴史〉と〈共生の未来〉を語る (その1 ベンヴェニスティ氏講演会)
2010年3月15日、UTCPの企画「パレスチナの〈破壊の歴史〉と〈共生の未来〉を語る」が東京大学駒場キャンパスで開催された。UTCPの招聘により来日された、イスラエルの政治学者メロン・ベンヴェニスティ氏をお迎えし、「ユダヤ人とアラブ人―親密な敵 」(“Jews and Arabs: Intimate Enemies”と題する講演をいただいた。
まず司会の早尾貴紀氏(UTCP)が、ベンヴェニスティ氏の出自、経歴や代表的な研究について説明した。ベンヴェニスティ氏ご自身は、ギリシア出身のセファルディムである御父君とリトアニア出身のアシュケナジムであるご母堂の間に、1934年(イスラエル建国前)、エルサレム生まれたという背景を持つこと、また大学や政府に所属しない独立した研究者であることが指摘された。
さて、ベンヴェニスティ氏の講演においては、まず、長期に亘るアラブ人とユダヤ人の共生・共存の歴史を確認することから始まった。過去に遡ってユダヤ・アラブ関係を概観したのち、現在の具体的なイスラエル・パレスチナ問題に移った。イスラエル国内の「ユダヤ人」、「パレスチナ人」と呼ばれる人々も、一枚岩でなく、多様に分断されているという。ユダヤ人については、100万人にも上るロシア系ユダヤ人移民に注目し、彼らはロシア・アイデンティティを保持していることが指摘された。一方、パレスチナ人も大きく5種類に分類され(ガザのパレスチナ人、西岸地区のパレスチナ人、東エルサレム在住パレスチナ人、イスラエルの市民権を持つパレスチナ人、離散パレスチナ人)、それぞれ目指す目的が異なるという。
イスラエル・パレスチナ問題が特に大きく浮かび上がるのは、1967年に第三次中東戦争で西岸地区などパレスチナ領土の大半をイスラエルが占領した以後のことである。ここからパレスチナ人は、占領下というかたちでイスラエルとの接触の経験が拡大したのである。 またこのユダヤ対アラブはいわゆる東西の「文明の衝突」と主張される側面があるという。
ベンヴェニスティ氏は「親密な敵 intimate enmies」という本講演のタイトルともなっている、一見分かりにくい語を用いて、アラブ・ユダヤ関係を説明した。占領という形で接することになったアラブ・ユダヤ社会の憎しみは、両社会が現状を維持する強力な接着剤となっているという。一方、両者の分離(二国家分離案)によって問題解決を図ることは難しい。というのも圧倒的にイスラエルが優位な条件で提示された分離案に、パレスチナ側が同意することは難しいからであり、分離案を巡る交渉は必ず失敗するという。従って現状維持が継続するのである。またイスラエルは「現状」のもと、パレスチナ側の分断を進めている。国際社会はパレスチナを経済的に支援するが、それは結果として現状維持を強化する側面もあるという。
氏によれば、外交上の和平は、両社会の根深い憎しみを解消することは出来ず、長い時間が必要であるにせよ、両社会の草の根交流の他に解決の道はないという。その上で、氏は一国の中で、行き来の自由な「やわらかな」境界をもつ、一種の州・県をつくることを提唱する。氏は二国家分離ではなく、大変難しいにせよ、ユダヤとパレスチナは一つの国家に属し、土地を共有する共存の仕方を模索する必要があることを強調した。確かに現在の両社会には氏の意見を受け容れる余地は少なく、長い時間が必要とするにせよ、解決を目指して、みなが様々な案を熟考し、新しいパラダイムを切り開かなければならない、と締めくくった。
質疑においては、イスラエルと西岸を分ける分離壁を取り巻く問題、また離散パレスチナ人の帰還の問題について質問があった。分離壁については「恐怖の象徴」という側面があることが指摘された。パレスチナ人の帰還については、数百万人のパレスチナ人を受け容れることについて、パレスチナ側にも様々な意見があること、またコストの点から非常に難しいとのことであった。
教育による問題解決の可能性について質問がなされたが、これについてはユダヤ側、パレスチナ側双方、現時点では大変状況は厳しい。またユダヤ・アラブ問題解決に宗教的な視点をどのように扱うべきか、また氏の考察は土地に対する愛着という側面が確認できる、との指摘もなされ、氏のようにエルサレムに生まれ育った人にとっては共感できるかもしれないが、新しい移住者にとっては受け入れがたいのではないかという問いも出された。氏は自身の見解にロマンティシズムな一面がある点を認めつつ、土地に対する代え難い愛着はどこにも見られ、自身の経験談を交えながら、その点を互いに理解することで解決の可能性があることを示唆した。
中東には、イラク戦争、アフガン戦争、イランの核開発問題など国際社会が直面する問題が山積する。その中でもパレスチナ・イスラエル問題は、対立の根深さ、期間の長さ、解決の見通しが立っていないこと、世界的な影響の大きさから群を抜いている。ベンヴェニスティ氏も強調するように、一人一人が熟考を重ねなければならない。これは一見直接関係のない日本人にとっても同様に課せられた課題といえよう。我々が出来ることは、解決を目指して何が出来るか、どのような解決案が好ましいのかまず考えることから始まるのであろう。今回の講演で、ベンヴェニスティ氏が我々にくださった課題は難しいが、これと向き合っていきたいと思う。
文責:阿部尚史(若手研究員)