UTCP 2009年度の活動記録
〈概況〉
開設から3年目にあたる2009年度は、昨年度までの活動実績に基づいて、さらに研究教育が拡充された年だった。とりわけ東アジア地域での学術的連携が確固たるものになった。12月、中国・復旦大学にて、オランダ・ライデン大学とともに国際会議“History, Identity and the Future in Modern East Asia”が開催された。若手を中心とした中国・韓国・日本のBESETO哲学会議は4回目を数え、延世大学との国際ワークショップも「人文学と公共性」、「批評と政治」が連続的に開催された。北京大学とニューヨーク大学と連携してInternational Center for Critical Theoryを創設する準備も進行中である。12月、パリ第8大学との共同シンポジウム「大学における人文科学の未来」では若き学長パスカル・バンザック氏を迎え、今後の継続的な交流が確認された。
若手研究者の国際的な活動も好調で、5月、博士課程学生の企画と運営によって、日本・アメリカ・中国の若手によるGraduate Student Conference「歴史的生の複数的現在」が成功したことは特筆すべき成果である。11月のカナダ・マギル大学でのGraduate Symposium「イメージの技法」、1月のソウル国立大学でのBESETO哲学会議、1月のシンガポール大学での「世俗化、国家、宗教」は若手研究者が中心の国際会議だった。
本年は新たに三浦篤による中期教育プログラム「イメージ研究の再構築」が開始され、初年度からその成果がUTCP Bookletとして刊行されるほど、充実した活動が展開されている。2009年度で「脳科学と倫理」「哲学としての現代中国」「世俗化・宗教・国家」が活動を終了し、来年度からは新たなプログラムが始動することになる。
好評の「日本思想セミナー」はのべ4回開催され、ハリー・ハルトゥーニアンや酒井直樹など主に海外の研究者を招聘して、日本思想に関する批判的なセミナーを継続的に実施した。また、「アカデミック・イングリッシュ」講座も開講され、若手研究員の英語による口頭発表、論文執筆の支援が実施されている。
〈活動記録〉
1)海外での国際シンポジウムの開催および参加(計9回 UTCP関係者による参加のべ46名)
Graduate Symposium “Techniques of the Image”(McGill University, Canada)
International Conference on History, Identity and the Future in Modern East Asia: Interrogating History and Modernity in Japan and China(復旦大学,中国)
The 4th BESETO Conference of Philosophy: The Future of Philosophy in East Asia(ソウル国立大学,韓国)
「東京大学・北京大学学術交流会」(北京大学,中国)
Graduate Student Workshop on Secularization, Religion and The State(National University of Singapore)
“Le droit à la philosophie” (Le Collège international de Philosophie, Paris)
「批評と政治」(延世大学、韓国)
「日本と台湾における中国哲学研究の回顧と展望」(Harvard University, USA)
“Brain Science and Ethics” (Florey Institute, Australia)
2)日本国内での国際シンポジウムなどの開催(9回)
"The Plural Present of Historical Life"
"Modernism as Mouvement"
「人文学と公共性」
「サステナビリティと倫理――評価基準の策定にむけて」
「絵画の生成論」
「大学における人文科学の未来」
"The Present and the Future of the Philosophy of Technology: From a Japanese Perspective"
"L'Horizon de la philosophie française"
映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」上映+討論会
3)日本国内でのシンポジウム・ワークショップの開催(10回)
「人類・歴史・共生――21世紀における「歴史学」の課題」
「ロスコ的経験――注意 拡散 時間性」
「哲学・翻訳・救済」
「人間と動物の共生――『現代思想』2009年7月号を読む」
「ロボエシックス――ロボティクスと社会の未来像」
「『クォンタム・ファミリーズ』から『存在論的、郵便的』へ──東浩紀の11年間と哲学」
2010年度冬学期UTCP中期教育プログラム報告会
「亡霊、語り(ナラティブ)、歴史性」
合評会『脳科学時代の倫理と社会』
「ファンタジーの反射=反省(リフレクション)」
4)海外研究者によるセミナー・講演会(31名、のべ49回)
Étienne Bimbenet, Christpher Fynsk, 張旭東, Alain Juranville, Anne Juranville, Haun Saussy, Claudio Giunta, Dario Gamboni, François Noudelmann, Christian Uhl, Neil Levy, Jean-Claude Lebensztejn, Mario Wenning, Murielle Hladik, Ségolène Le Men, Henri Zerner, Bernhard Waldenfels, Judith Halberstam, Tobias Cheung, Zed Adams, Tom Wakeford, Francois Albera, Elmar Holenstein, Moishe Postone, Meron Benvenisti, Vladimir Safatle, etc.
5)国内研究者によるセミナー・講演会など(計14本)
鈴村和成、西谷修、奥山倫明、菅原正、潮木守一、渡辺公三、吉田憲司ほか
6)中期教育プログラム(5本)の活動概要
第1部門 「脳科学と倫理」(信原幸弘 担当)
脳科学と社会をめぐる哲学的・倫理的な問題を議論するプログラム。テクスト講読セミナーとして、「セミナー5: ハウザー(Marc D. Hauser, Moral Minds)を読む」を実施した。7月、脳神経倫理学の分野における気鋭の若手ニール・リーヴィ氏を招聘し、一般向けの講演会から若手研究者の発表からなる小規模セミナーまで6本の連続プログラムを成功させた。9月、石原孝二や小口峰樹ら3名はカナダ・ハリファックスでの「脳をめぐる諸問題――脳神経倫理学の進展開」に参加し、各々の関心に沿ってポスター発表を行い、UTCPの脳神経倫理学に対する取り組みを紹介した。3月、信原ほか5名が今度はオーストラリアでリーヴィ氏とWorkshop “Brain Science and Ethics”を実施し、双方向的な交流を深めた。
第2部門 「時代と無意識」(小林康夫・原和之 担当)
歴史的時間性を実存者にとっての根源的な経験として考察し、実存と時間とがロゴスにおいて調停される「歴史の哲学」を探究するプログラム。PD研究員の森田團による「歴史哲学の起源」プログラムと合同演習の形をとって、今年度はヴァルター・ベンヤミン講読に焦点が当てられた。ベンヤミン読解を通じて、歴史、進歩、想起、ファンタジー、資本主義といった主題群が検討された。原和之氏の主導で精神分析に関する根底的な再検討も進められており、5月にはアラン・ジュランヴィル氏を招聘して、無意識の観点から現代哲学の根本的な矛盾が討議された。3月、メロン・ベンヴェニスティ氏を招聘して、中東地域をめぐる討論を実施した。
第2部門 「イメージ研究の再構築」(三浦篤 担当)
正統的な美術史学に拘束されてきたイメージ群を異なる角度から照射し、その意味と機能を解明するべく、本年に創設されたプログラム。初年度は海外招聘者による講演を積極的に実施し、実りある成果をあげた。ダリオ・ガンボーニ氏は疑念と寓意の論点からルドンとゴーギャンに関する新視点を披露した。J=C・レーベンシュテイン氏は絵画の作法(デコールム)という多元的概念から数々の『最後の審判』を縦横無尽に読解した。ミュリエル・ラディック氏は廃墟が有する境界的運動から日本美術における時間論を展開した。セゴレーヌ・ル・メン氏とアンリ・ゼルネール氏を迎えて実施されたシンポジウム「絵画の生成論」では、デッサン・習作・下絵と制作過程、完成/未完成の境界、発想源や影響、版画の役割、塗りや筆触の効果など、多角的な視点から美術作品が「永遠に完結しないもの」として検証された。
第3部門 「哲学としての現代中国」(中島隆博 担当)
ここ数十年の儒学復興の現象と中国思想界での哲学的言説の登場を「中国における古典回帰」と同じ運動とみなした上で、現代中国の諸相を、日本、西欧、米国などでの哲学における古典回帰との比較を通じて哲学的に考察するプログラム。最終報告会「哲学・翻訳・救済」では中島隆博による哲学のマニフェスト的著作『哲学』(岩波書店)をめぐって討議がおこなわれ、2年間の活動を終えた。第3部門の枠内で「日本思想セミナー」も継続的に実施されており、海外の秀逸な日本思想研究者と交流できる貴重な場となっている。
第5部門 「世俗化・宗教・国家」(羽田正 担当)
世界全体で同時に生じている宗教復興の現象を分析し、近代国家の根幹をなす世俗化の原理との関係を考察することで、共生のための宗教の新たな語り口を模索するプログラム。学期中のセミナーでは、「世俗」「宗教」「国家」などの諸概念の成立が、西欧近代の時代経験や西欧と非西欧の歴史的緊張関係を踏まえつつ、日本、ヨーロッパ、イスラーム圏の社会的・文化的文脈に即して検証された。7月、クリスチャン・ウル氏を招聘して、西田幾多郎を通じて近代と宗教の関係を考察した。第5部門と連動して「イスラーム理解講座」が実施された。舞台演出家でもあるフランシス・ガンル氏はシェイクスピア作品のアラブ世界における演出という独特の視座から、ハルドゥン・ギュラルプ氏はヨーロッパにおける世俗性の観点からイスラーム文化に関する有益な講演をおこなった。1月、プログラム参加者計8名はシンガポール国立大学にて、国際会議「世俗化・宗教・国家」を実施し、総括的な討論を実施した。
7)日本思想セミナー(のべ6回)
酒井直樹、Harry D. Harootunian, Richard Reitan, Dennitza Gabrakova, Eddy Dufourmont, Michiko Suzuki
8)イスラーム理解講座(2回)
Francis Guinle, Haldun Gülalp
9)外国語コース
アカデミック・イングリッシュ(第3回BESETO哲学会議と関連して)
10)短期教育プログラム
「歴史哲学の起源」、「イメージの作法」、「現代芸術研究」、「ファンタジーの再検討」
11)共催イベント(5回)
「手術麻酔――あなたの知らない世界」
「駒場キャンパスと教養」
「大学の未来――『現代思想』2009年11月号を読む」ほか
12)出版物(単著、編著のみ計16冊)
『共生の哲学のために Toward a Philosophy of Co-existence』, UTCP Booklet 13, 2009.
Takahiro Nakajima (ed.), Whither Japanese Philosophy II: Reflections through other Eyes, UTCP Booklet 14, 2010.
信原幸弘ほか『脳科学時代の倫理と社会』、UTCP Booklet 15, 2010.
Atsushi Miura et al., Génétique de la peinture, UTCP Booklet 16, 2010.
中島隆博『解構与重建――中国哲学的可能性』、Collection UTCP、2010年。
小林康夫 『歴史のディコンストラクション―共生の希望へ向かって』、UTCP叢書4、未来社、2010.
小林康夫『知のオデュッセイア 教養のためのダイアローグ』、東京大学出版会、2009年。
村田純一『技術の哲学』、岩波書店、2009年
高田康成『クリティカル・モーメント 批評の根源と臨界の認識』、名古屋大学出版会、2009年。
Tadashi Uchino, Crucible Bodies: Postwar Japanese Performance from Brecht to the New Millenium, Seagull Books, 2009.
中島隆博『ヒューマニティーズ 哲学』、岩波書店、2009年。
中島隆博『荘子――鶏となって時を告げよ』、岩波書店、2009年。
野矢茂樹『哲学・航海日誌〈1〉』『哲学・航海日誌〈2〉』、中公文庫、2010年。
信原幸弘編『脳科学は何を変えるか?―まだ見ぬ未来像の全貌』、エクスナレッジ、 2009年。
石原孝二・河野哲也編『科学技術倫理学の展開』、玉川大学出版会、2009年。
サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』、岡真理・小田切拓・早尾貴紀・共編訳、青土社、2009年。
(文責:西山雄二)