映画「哲学への権利——国際哲学コレージュの軌跡」上映+討論会@パリ
2010年2月15日、パリ行の飛行機に乗り込み、フランスでの映画『哲学への権利——国際哲学コレージュの軌跡』の上映・討論会の旅に出発した。
映画HP(映画の概要、上映情報、報告など)⇒ http://rightphilo.blog112.fc2.com/
(成田空港で最終便に乗り、パリ空港で早朝最初の到着便。誰もいない空港から、誰もいない空港へ。国のあいだ、言語のあいだ、文化のあいだを移動するのには絶好の光景。)
嬉しいことに、パリに留学中の友人・河野年広さんたちの心強い協力を得て、今回の映画上映のポスターが市内の要所にとても目立つ形で掲示されていた。また、フライヤーも大量に撒いてもらっているようで、情報宣伝の点で大いに助けられた。
(L'Harmattan書店の入口)
(ソルボンヌ大学広場にある哲学専門の老舗Vrin書店)
(ジゼル・ベルクマン氏とモンマルトルのカフェで事前打ち合わせ)
2010年2月18日、国際哲学コレージュと東京大学UTCPの共催イベントとして、パリ2区のCentre Parisien d'Études Critiquesにて上映会がおこなわれた。予定されていた議長Evelyne GrossmanとPierre Zaouiは急遽欠席となったが、映画に登場するMichel Deguy, François Noudelmann, Boyan Manchev, Gisèle Berkmanらが討論に参加した。50名ほどが詰めかける盛会となった。冒頭で西山から映画上映の経緯、映画の趣旨などが簡単に説明された後、参加者全員での討議に入った。
国際哲学コレージュの別の名
急遽登壇したピエール・カリック(Pierre Carrique)氏は、「コレージュの名を担うのは誰か?」と問い、示唆的な導入をおこなった。
(ピエール・カリック氏〔右〕)
デリダの言葉によれば、「国際哲学コレージュ」という名はつねに「別の名」を呼び求める。国際哲学コレージュとは、各人が各々の仕方で発することのできる秘められた「別の名」に差し宛てられており、今回の映画はまさにこの「別の名」である。コレージュは国家の補助金を得ている以上、国家権力による我有化の恐れに曝されている。しかし、プログラム・ディレクターが6年ごとに更新されるコレージュは特定の人物によって我有化できない仕組みを有しているとも言える。
哲学のアマチュア性 制度の脆弱性
ボヤン・マンチェフ(国際哲学コレージュ副議長)は、研究者・西山がプロの映画監督ではなく、アマチュア(愛好家)として映画を製作した点がコレージュの精神と共鳴すると指摘。哲学(フィロソフィア)が語源的に「知への愛」である以上、哲学の専門化とは異なる哲学のアマチュア性(愛好性)とは何か? コレージュでは教師の在任期間が6年に限定されているのは、こうしたアマチュアから専門家への移行を考慮してのことではないか。
(ボヤン・マンチェフ氏〔中央〕)
ミシェル・ドゥギー(パリ第8大学名誉教授)によれば、フランス語で「アマチュア」は「さほど技能をもたない」というニュアンスとともに軽蔑的に響く。ただ、近年、哲学者ベルナール・スティグレールがたんなるamateurisme(愛好主義)とは異なるamatora(愛好者)の復権を積極的に説いているように、繊細な仕方で「アマチュア」の立場を語ることは重要であるとした。
(ミシェル・ドゥギー氏〔左〕)
また、国際哲学コレージュは、6年毎にすべての教師が更新される点で脆弱な制度である。それは、力が同時に脆弱さでもあるという独特の原理であるだろう。ただ、創設以来、数十年の年月が経った現在、「過度に脆弱にならない力とは何か」に配慮することがコレージュの今日的課題である。
ジゼル・ベルクマン(現プログラム・ディレクター)は、過小評価されるamateurisme(愛好主義)でもdilettantisme(好事的態度)でもない方向を指し示すために、ギリシア語philia(愛情)を再び活性化させることを提案。貴族主義的で郷愁的な共同体ではなく、討議的なphiliaの共同性であり続けることはつねにコレージュの課題であるとした。
(ジゼル・ベルクマン氏)
また、たしかに、コレージュにおいて脆弱さと力は表裏一体であるが、しかし、この脆弱さは映画のなかでクレマンが指摘するように、特定の時代(ミッテラン左派政権時代)の産物である。人間性に必要不可欠な脆弱さが配慮された時代と言ってもいい。ところが、新自由主義的な風潮が高まる近年、高校教師がコレージュで教鞭をとるための兼務許可制度が廃止され、高等研究省の施設利用は「治安上の理由」で拒否され、コレージュは困難に直面している。そうした状況において、こうした「危機的だが批判的な場lieu de critique」をいかに確保するのかは今後の課題である。
フランソワ・ヌーデルマン(パリ第8大学)は、ロラン・バルトを参照しつつ、「専門家とアマチュアは異質なもので、アマチュアはたんに技量の低い専門家というわけではない」と言葉を継いだ。集団的なアマチュア主義を想像することは難しい。アマチュアとはむしろ個人的な営みである。コレージュがアマチュア的だとするならば、各人の愛好の律動をいかに維持するのかがこの制度の掛け金となるだろう。
(フランソワ・ヌーデルマン氏〔左〕)
国際哲学コレージュ(から)の実践
ドゥギー:明らかに、大学改革は似たような仕方で、フランスでも日本でも、ともかく世界中で進展している。日本の大学改革を目の当たりにして、国際哲学コレージュの事例を引きながら、あなたは何をしようとしているのか。組合でも創設しようというつもりなのか。
西山:映画上映の際に、「あなたは国際哲学コレージュのようなものを日本で立ち上げるのか?」と質問されることがある。新たに制度を創設することだけが実践的な解決とは言えない。数々の上映と討論を通じて、つねに移動しながら、さまざまな人が集う議論の場をその都度、つくっていきたい。
マンチェフ:批判的な場を開くという意味では、今回の映画にコレージュの敵対者を登場させてもよかっただろう。また、過度のナルシシズムに陥らないために、「国際哲学コレージュの批判的な在り方が今の時代の国際性に適合しているのかどうか。現在の資本主義や新自由主義化する大学の論理と同じ程度の質しかもっていないのではないか。コレージュは本当に、市民社会に目を向けた制度であり続けているのか」と自問する必要があるだろう。フランスでは若者の哲学離れが進んでいるが、コレージュは若者を惹き付ける魅力をもつことができているだろうか。コレージュは今もなお、真に革新的な形を模索しえているだろうか。
フランスにおける哲学の現状――大学/在野
ヌーデルマン:その通り。1983年の創設時、コレージュは既存の大学に対抗していたが、大学の現状は激変している。哲学志望の学生はこの20年で1/3弱に激減しており、大学の哲学科はもはや哲学の強固な権威的中心ではない。市民大学、監獄や病院での哲学的セミナー、哲学カフェ、哲学雑誌などの方がむしろ幅を利かせている。コレージュは大学の権威に対抗するのではなく、そうした哲学の市民的活動のなかで自らの立場を見出さなければならない。
ベルクマン:現在の時流のなかで、コレージュが失われた社会的存在感を回復するべきかどうか、これは容易には答えられない巨大な問いだ。逆に、コレージュは批判的な抵抗の場として維持されるべきなのか。私見では、前衛的で最先端の研究セミナーが実施されていれば、たとえ聴衆が3-5名であったとしても存在意義はある。ちなみに、来年度から哲学と教育、伝達に関する国際共同研究がコレージュ内で促進される。
マンチェフ:いや、時流に迎合すればいいと言いたいわけではない。もし批判的な思考があるとすれば、それは批判者が自己変容する限りおいてである。規定の場を固守するだけでは抵抗は生まれない。
ベルクマン:もちろん。参加者人数に関して言えば、3-5名、20名、数百名といたさまざまな幅のある場があることが重要で、そうした多様性が研究教育の豊かを生み出す。
会場からの介入:さきほど西山氏が言ったことには賛成で、運動形態としてのコレージュというのは効果的ではないか。
「抵抗」とは何か?
ヌーデルマン:「抵抗」という言葉を発するだけでは単純すぎるのではないだろうか。何かを攻撃するというよりも、国際哲学コレージュは、伝統的な大学制度では受け入れられない研究教育のための避難所(アジール)として機能してきたのだから。現在、推進されている高等教育機関の「自律性(autonomisation)」に抵抗するというだけでは単純すぎるのではないか。もちろん、自律性とは巧みな罠で、公的サーヴィスを効果的に縮減するための修辞にすぎない。こうした潮流に抵抗しなければならないのは事実だとしても、抵抗という仕方だけに甘んじていてよいのだろうか。
ベルクマン:もちろん、私は「抵抗」と言ってもたんに否定的な意味ではなく、積極的で生産的な意味で用いている。
マンチェフ:創設以来、コレージュは大学の周縁で活動していたが、現在、大学そのものが効率化の論理に押されて危機的状況にある。コレージュにできることは、教育のあるべき形を探求し、哲学と教育の関係を問い直すことだろう。
ヌーデルマン: コレージュでの討議的な共同性は集団的な活力を獲得するかもしれないが、しかし、戦争状態に陥る恐れもある……。
今回の討論会では映画出演者が集ってくれて、忌憚のない議論を交わすことができた。ただ、会場に国際哲学コレージュの現プログラム・ディレクターは足を運んでおらず、話題になったコレージュの集団的な活力の不在が深刻であることをうかがわせた。パネリストが矢継ぎ早に発言する形で議論は進展し、批判的な意見も含めて、コレージュの存在意義を問う貴重な機会になった。質疑応答の時間は設けられなかったが、ときおり会場から自発的な介入があって、檀上とフロアでの討議が知らない間に展開される点が刺激的だった。
翌2月19日、パリ第8大学にて、Bruno Clément(パリ第8大学), Anne Berger(同前)とともに上映・討論会がおこなわれた。冬休み前だったためか、15名ほどの参加にとどまったが、両氏との真摯な討論によってきわめて実り多い会となった。
アンヌ・ベルジェ氏の的確な要約によれば、国際哲学コレージュでは、「ひとつ以上(Plus d'un)」が追求される。思考が生み出されるのは、ひとつ以上の言語、ひとつ以上の国籍、ひとつ以上の学問分野を通じてだからである。
ブリュノ・クレマン氏は、デリダが取り組んだ「哲学教育研究グループ」(GREPH:Groupe de Recherches sur l'Enseignement Philosophique)の的確な理解が重要だとした。1970年代、デリダは哲学教育の削減政策に対抗して、GREPHを結成して批判的運動を展開した。ただ、実用的な教育政策方針を打ち出す保守派の力と、デリダに反発する多数の哲学者の力によって、GREPHは行き詰まってしまう。その後、左派政権誕生という転機が訪れ、彼は国際哲学コレージュの創設にこぎつける。「国際哲学コレージュはGREPHの失敗から生まれた」、とデリダは言う。つまり、GREPHという「運動」では成しえなかったことを、「制度的実践」によって達成するにはどうすればよいのか、という問いがコレージュには込められているのである。
映画は最後に、電車の車窓から撮影されたエッフェル塔の二重写しのイメージで終わる。クレマン氏は、この二重のイメージが本作とコレージュとの関係を的確に映し出しているとした。つまり、インタヴュイーが語るコレージュと「本当の」コレージュのあいだで、その理念と現実のあいだで国際哲学コレージュは揺れ動くのである。
討論を通じて、現在の大学と国際哲学コレージュに共通する同音異義語が指摘された。現在、大学の「自律性(autonomie)」が促進され、資金や運営面で大学の自己責任が問われている。デリダもまた、自律性を考慮に入れているが、それは実現しえない来るべき自己の掟(autos-nomos)としてであるだろう。また、コレージュでは学位(titre)ではなく、応募者の計画(projet)によって、プログラム・ディレクターが選出される。それは、哲学へのアクセス権を保証するための「計画」である。これに対して、現在、研究分野で流行している「計画」は、競争的資金を獲得し、成果を上げるという循環を指す。今日の大学制度を問うにあたって、国際哲学コレージュが試みる諸概念の脱構築が有益であることが確認された。
今回のパリでの上映と討論会において、本映画は国際哲学コレージュの「現実」と交錯したことになるのだろう。本映画ではむしろコレージュの「理念」、とりわけデリダの研究教育の「理念」が意図的に描き出されている。理念と現実が交差したパリでの上映・討論会を経て、本作品は今後、おそらく、さらに異なった生命と律動で躍動し始めるだろう。
今後も上映・討論会の旅は続いていく。だがしかし、これはいったい誰の旅なのだろうか? もはやこれは「私の」旅ではない。見知らぬ人々との出会いをも含めた「私たちの」旅になりつつある。さらに言えば、これは何の旅だろうか。敢えて言うならば、哲学への権利と欲望こそがこの旅を前進させている、そんな感慨を抱かざるを得ない。そして、旅の速度と律動は多大なノイズを孕みつつも、次第に豊かなものになっている。
ミシェル・ドゥギー氏は3月中旬に来日され、3月19日(金)九州日仏学館での上映・討論に参加されます。ボヤン・マンチェフ氏とジゼル・ベルクマン氏は3月下旬に来日され、26日は東京大学駒場でのワークショップ「フランス現代思想の地平」、27日は映画の討論に参加されます。
(パリでの上映の準備や運営に関しては、河野年宏さん、柿並良佑さん、水田百合子さんにたいへんお世話になった。心からの感謝を記しておきたい。)