【UTCP Juventus】高 榮蘭
2009年のUTCP Juventus、第7回は特任研究員の高榮蘭(日本近代文学)が担当する。
これまでの研究の詳細は、2008年のUTCP Juventus(2008・9・6)で執筆しましたので割愛し、現在の研究状況について報告します。
(1)暴力の記憶と小説の現在
9・11以後、GHQによる日本への占領の記憶が召喚されることが多くなってきてい
ますが、この現象は、メディア言語、小説の言語、批評の言語をめぐる状況だけではなく、アカデミックの領域における歴史の相対化の問題と連動していると考えています。この問題を考えるために、昨年の9月18日に、オックスフォード大学キーブルカレッジでワークショップ「暴力の記憶と小説の現在」を開催しました。発表者は、高榮蘭(阿部和重『シンセミア』)・Adrienne Carey Hurley(カナダのマギル大学、星野智幸『ロンリー・ハーツ・キラー』)・内藤千珠子(大妻女子大学、中島京子『FUTON』)の三人です。2009年3月には、Adrienne Carey Hurleyさんの企画で、同じメンバーによるワークショップ(カナダのマギル大学)が開かれ、「The Pitfall Called the Face of the Nation: the Image of Higuchi Ichiyo」 について発表しました。
昨年の夏から1年間は、文学の場における「暴力の記憶」に注目し、以下のような発表を重ねてきました。2008年9月17日には、オックスフォード大学キーブルカレッジで開かれた小林多喜二記念シンポジウムに参加し、「共闘の場における〈女〉の表象―50・第21回メーデーポスターを手がかりに」、2009年7月4日には、「〈東アジア〉をめぐる連帯の表象と暴力の記憶―小田実『HIROSHIMA』を手がかりに」(Cultural Typhoon、東京外国語大学)に関する発表を行いました。
(2)東アジアにおける帝国と文化資本をめぐる研究
帝国日本で、どのように、文学や文化の言説が生成し、それらはどのように反発や呼応を繰り返しながら、相互嵌入していったかを検証する作業を続けています。このテーマは、慶應義塾三田図書館に寄贈された旧改造社関係資料を調査・分析するプロジェクト「改造社を中心とする20世紀日本のジャーナリズムと知的言説をめぐる総合的研究」における資料分析の作業と同時に進行させています。最近は、1930年代前後における植民地朝鮮・台湾、そして満洲への書物の流通と出版市場の再編に注目しています。この研究の場合、韓国における日本語書物の流通に関する研究との対話は、避けてはとおれないと思い、韓国と日本で、改造社を軸とする出版市場の再編に関する発表をしてきました。また、それと同時に、韓国側の研究者による日本語書物の流通や読書に関する論文を翻訳しました。
詳しく紹介すると、2008年11月14日に、「帝国日本における出版市場の再編とメディア・イベントー「張赫宙」を通してみた1930年前後の改造社の戦略」(国際韓国文学/文化学会(INAKOS)主催、延世大学校、韓国)、2009年2月11日には、「出版帝国の〈戦争〉― 1930年前後の改造社と山本実彦『満・鮮』から」(「改造社を中心とする20世紀日本のジャーナリズムと知的言説をめぐる総合的研究」第10回研究集会、慶應義塾大学)について発表しました。また、千政煥さんの論文、「玄海灘を横断する「読書」―植民地主義を超えた<文化接変>の可能性へ― 」の翻訳が、岩波書店『文学』隔月刊(2008年11・12月号)に掲載されました。
今年度の後半も以上のテーマに基づいた研究を続けていくつもりです。