時の彩り(つれづれ、草) 071
2009.07.03
小林康夫
☆ ピナ・バウシュの死
このところ訃報が続く。マイケル・ジャクソンの死には心動かされなかったが、その後のピナ・バウシュの訃報は衝撃だった。
数々の舞台だけではない、駒場にもカンパニーを率いてきてくださったことがある。いや、わたし自身とパブリックな対話の会を行ってくれたこともあった。そのときの思い出は、一面の赤い薔薇。
東京デザインセンターのホールで行われたこの会、わたしはピナへの個人的なオマージュとして直前に真っ赤な薔薇を、40本だったか、購入して、舞台一面にまいた。ピナが座る小さなテーブルの上にも一輪。そこに迎えいれた。
そのときどんな話をしたか、もう憶えてはいないが、会が終わって、ピナが舞台から立ち去るときに彼女はテーブルの上の薔薇をすっと手にとって退場。その後、渋谷のレストランで会食したのだが、そこに現れたピナは赤い薔薇をずっと手にもったままで、わたしの真向かいに座るとそれをちょうどわたしがそうしていたように、テーブルの真ん中にそっと置いたのだった。なんというエレガンス!なんという「人間」。ピナのあの不思議な微笑みが浮かんできてわたしの脳裏から離れない。真っ赤な薔薇一輪、それを、いま、わたしはピナの棺のうえにそっと置き返す。
(もうひとり、わたしが――パブリックな舞台で!――赤い薔薇をささげたのは、山口小夜子さんだった。その山口さんも亡くなってしまった。なんともいえない茫漠としたさみしさを感じています。)