「世俗化・宗教・国家」セッション7
6月22日に「共生のための国際哲学特別研究Ⅲ」(第7回)が行われた。
今回の文献は谷川稔『十字架と三色旗』(山川出版社、1997年)、報告者は大野晃由(UTCP、RA)である。本ゼミで以前とりあげた工藤庸子『宗教vs.国家』(講談社現代新書、2007年)において、本書は、「歴史学の知見をふまえた平明なライシテの解説書」として挙げられ、日本語で読める「学問的であると同時に一般読者に開かれた唯一の文献」と評価されていた(p. 202)。
谷川稔氏は、近代フランスを多面的に理解するために、反教権的な「特殊フランス的近代」の歩みを「習俗の革命」という視点から革命史を再構成しようと試みる。17世紀後半以降、フランスのカトリック教会が絶対王政の行政機構に組み込まれ、民衆を日常的に教化してきたことで、革命勃発時点において、農村を中心とする大多数の住民は宗教的リズムの刻まれた日常的空間と時間のなかに生きていた。そのような状況に対してフランス革命は、「空間と時間の世俗化」、すなわち日常生活での宗教的実践の後退を実現した点で「習俗の革命」「文化革命」と呼びうるものであった。19世紀前半には世俗国家が教会の包摂を追求したが、それでも初等教育は依然として村の司祭によって担われていた。二月革命期にはキリスト教復権(「十字架と三色旗の蜜月」)があったものの、教育政策をめぐって教会と共和派との対立は深刻なものとなり、そのなかで農村の一般民衆にまで反教権的意識を目覚めさせる結果となった。そして第三共和政期になると、フェリー法(1881~82年)により初等教育に「無償・義務・世俗化」の三原則が導入され、1905年の政教分離法をもって16世紀以来のガリカニスム(フランス国教主義)が最終的に解体された。これ以降、「ライシテ=非宗教性」という国家原理が今日までフランス共和国の法的枠組みを形づくっているのである。
ディスカッションにおいて、出席者から、本書は教育に特化して世俗化の歴史を示しているが、たとえば戸籍や遺言状の管理はどのように教会から国家へと管轄が移行したのか、という疑問が提出された。これに対して、報告者の大野は、教育がフランスで19世紀をつうじての大問題であり、その一方で戸籍や遺言状は比較的スムーズに国家の側に移譲されたと解説した。また、本書に描かれたフランスにおける世俗化の過程はほんとうに「特殊フランス的近代」のものと見てよいのかというべつの出席者の発言から、羽田先生はフランスとスペインは「カトリック」「ブルボン朝」という共通項をもっているので比較が可能であろうと指摘した。さらに、昨年度のゼミ(2009年1月19日)で『道徳を基礎づける』を扱ったことをふまえて、「道徳」という概念が、人間が生きるうえでの規範を保障するのが国家か「宗教」かを判断する重要なポイントになりうると述べた。
(報告:内田 力)