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【報告】「人類・歴史・共生──21世紀における「歴史学」の課題」

2009.05.06 羽田正, 中島隆博, 小林康夫, 橋本毅彦

2009年4月11日、UTCPのオープニング・イヴェントとしてシンポジウム「人類・歴史・共生──21世紀における「歴史学」の課題」が開かれた。パネリストはいずれもUTCPの事業推進担当者である、小林康夫氏・羽田正氏・中島隆博氏・橋本毅彦氏の4人である。

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冒頭にUTCP拠点リーダーの小林康夫氏から、人文科学の思考の根本的な変容が要請されているなかにあって、歴史の問題──それも「書くもの」として歴史を考察するのが、今回のテーマであることが提起された。

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次に、比較歴史学をフィールドとしている羽田正氏の発表が行われ、世界市民のための「新しい世界史」・「共生の世界史」を記述することの可能性を問うた。近代歴史学の成立過程を追いながら、日本における世界史認識の現状として、バラバラな文明史の独立と、ヨーロッパ中心史の支配が問題として挙げられた。きわめて複雑な地形をもつ「ヨーロッパ」を一つとして考えること自体、様々な問題を擁する。羽田氏が提起するのは、近代/前近代を分けず、18-19世紀のユーラシアを時間を共有した一つの空間と見る、「共生の世界史」としての「ユーラシア史」である。具体的な方法論としては、移動や文化交流といった横断そのものを記述することにある。

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これに対して、小林氏は「同時性」が挫折するときに歴史の問題があるのではないか──同時的全体を築くことより、むしろ複数の時間のネットワークにこそ歴史的現在の同一性があるのではないかと問うた。中島隆博氏は歴史を「抜き書き」する限り、同時的全体と多元的ネットワークの双方は対立しないことを指摘したうえで、前近代の中国における〈統〉の概念において、普遍史の試みがなされてきたこと、また高山岩男・三木清らによる「世界史の哲学」においてネーション・ステイトを越えた歴史が標榜されていたことも挙げた。

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橋本毅彦氏は科学史・技術史における脱西欧化の契機について発表した。ギリシアからヨーロッパまでの橋渡しとしてアラビアの科学が果たした役割の再考──具体的にはコペルニクスが学んだアッシャーティルの天動説理論、あるいは西欧中心化される以前の暦において収束しない多様な時間がそれぞれの場所で形成されていたことなどが、西欧中心の科学・技術史の書き換えに資することを提起した。

討議では、おもに歴史の主体をめぐって議論が交わされた。歴史を記述するという限りにおいて、記述主体と記述対象の不可視の結合をどうやって逃れるのか──また、自然史・地球史のような膨大なスケールのハードな歴史に対して、ソフトな歴史改革を行うことの可能性などについて、さまざまなやりとりが展開された。また、他のUTCP事業推進担当者を含む会場からの質問では、ネットワーク記述のさしあたりの境界の必要性や、どのような文法によって記述するのかなどが問われた。

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最後に、小林康夫氏が世界史記述の不可能性から出発することをめぐって発言した。歴史記述の目的や意志を解体し、それ自体は「小さな歴史」である狭い範囲の地形記述のような「歴史のアフォーダンス」のようなものが、むしろ世界史に近づきうるということ。事実確認ではなく発明・発見的なものとして歴史を把握し、「誰でもないものになる」こととして世界市民を発見・発明することを提起し、シンポジウムを締めくくった。

時間的・空間的に膨大なスケールをもつ全体──それもいたる所が消失し欠損した全体をいったいどうやって記述するのか。しかも、「全体」とはあらかじめ与えられているわけではなく、新たに発見された資料の視座によってそのつど資料間の関係性全体を変化させるようなものであるとしたら──。このような問題に対し、線的な言語記号による記述が、そのままではほぼ無力であることは明らかだ。羽田氏がヨーロッパの地形のスライドを呈示されたとき、報告者の私は確信した。入り組んだ海岸線は、まさに複雑系科学によって明らかになった特性を体現していたからだ。このような環境に置かれた人間は、まさに複雑な地形をたどるようにして移動し交流してきたに違いない。世界史記述とは、そのような最大限の複雑性を前にし、なお果敢に最大限の単純さを追求する、〈地図上の冒険〉であるのかもしれない。今回のシンポジウムは、まさにUTCPが探求するスケールの世界観に相応しい広さをもったダイアローグであった。

(報告:荒川徹)

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