ヴァールブルク研究者としてのDavide Stimilli氏
東京大学客員教授(大学院総合文化研究科)として来日しているDavide Stimilli氏の、Aby Warburg研究者としての業績を簡単に紹介したい。(田中 純)
最も重要なのは精神病に陥っていた時期のヴァールブルクと担当医師ルートヴィッヒ・ビンスヴァンガーをめぐる一件書類を編集・刊行したことである(Chantal Marazia氏との共編)。その成果はまずイタリア語版 Ludwig Binswanger-Aby Warburg: La guarigione infinita (Vicenza: Neri Pozza, 2005)として出版され、2007年にフランス語とスペイン語の翻訳、そして、オリジナルのドイツ語原文に基づく Ludwig Binswanger-Aby Warburg: Die unendliche Heilung. Berlin: diaphanes 2007が刊行されている。
この編著が劃期的だったのは、ビンスヴァンガーによる病跡記録や病気中の期間のヴァールブルクの日誌の公開が複数の関係者の了承なしには難しかったため、今まではまとまったかたちでの情報へのアクセスがほとんど不可能だったからである。Stimilli氏たちはヴァールブルクやビンスヴァンガーの遺族からの承認を得たうえで、厳密な校訂を経て、この貴重な記録を公にした。これによって、ヴァールブルク研究は飛躍的に進捗することになろう。
このような伝記的研究の必要性については、拙著『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、2001年)でも示した通りである。ヴァールブルクの場合、ニーチェ同様に、伝記と思想はわかちがたく結びついている。拙著ではエルンスト・ゴンブリッチの「知的」伝記を相対化するため、「狂気」をあえて主軸に据えたが、そこに資料上の限界があることは痛感せざるを得なかった。それだけに、Stimilli氏らの編著はある意味で衝撃的でもあった。(ただし、実証的な次元での事実の細部はともかく、ヴァールブルクの活動を総体としてとらえる展望の点では、本書を踏まえても、わたしの認識に大きな変化はない。)この書物については是非わたし自身の手で翻訳をしたいと考えている(諸般の事情から手がけるのが遅れているが)。
もうひとつの主要な業績は、ヴァールブルクの友人だった占星術史の研究者Franz Bollのための追悼講演をはじめとする占星術関係のヴァールブルクの著作を編集・刊行したことである(Claudia Wedepohl氏との共編: Aby Warburg:“Per Monstra ad Sphaeram”: Sternglaube und Bilddeutung. Hamburg: Dölling und Galitz 2008)。とくに「ボル講演」はヴァールブルク思想の理解にとってはきわめて重要な内容をもつものでありながら、今まで著作集にすら収められていなかった(ただし、これについては、ロンドン大学附属ウォーバーグ研究所で原稿が閲覧できるほか、インターネット上にテキスト・データも存在していた)。この講演草稿を校訂し、遂に出版した功績はきわめて大きい。
去る1月9日のセミナーでも、ヴァールブルク研究における文献学的なアプローチの重要性が語られていたが、ヴァールブルク研究におけるStimilli氏の独自性は、美術史ではなく文献学や思想史の問題意識や方法論にある。ご本人も認めておられたように、ここにはイタリアにおけるジョルジョ・アガンベンなどによる先駆的なヴァールブルク解釈の伝統が与っていよう。
その他、ヴァールブルクに関する多くの論文もあるものの、これらについては、遠くない将来、一書にまとめられる日を待ちたい。
追記(2009.1.19)
2009年1月9日に行なわれたimpresaのセミナーに関係して、次に挙げるイタリア語の論考がある。
Davide Stimilli: "L'impresa di Warburg". aut aut, 321/322, 2004, 97-116.
なお、Stimilli氏によれば、ヴァールブルク論を書物にまとめる計画もあるとのことであった。