【報告】UTCP日本思想セミナー「丸山眞男―民主主義の名を救う」
12月16日の日本思想セミナーで、西山雄二さんが「丸山眞男―民主主義の名を救う」というタイトルで報告をした。
以下が西山さんの報告要旨である。討議内容はその後に紹介する。
まず問題意識として、80年代以降のアメリカ主導のネオリベ(新自由主義)の世界化が、一方で「民主主義」への憎悪と他方で「民主主義」の陳腐化を生み出し、結果、「民主主義」が死語になりつつある、ということがある。
とはいえ、戦後日本の民主化論を代表するともされる丸山眞男が、直接的に民主主義を論じた著作は実のところ非常に少ない。その理由として、丸山が、政治学一般よりも思想史のスタンスをとったこと、それを「本店」として時事論については「夜店」として区別したことなどが挙げられる。この民主主義論の「欠如」をデリダのひそみにならい、「Sauf le nom de la démocratie. Save the name of democracy.民主主義の名を除く=民主主義の名を救う」と読み替える、あるいは読み込むことが西山さんの試みであった。
第一に、戦前の日本のファシズムには、ウルトラ・ナリョナリズムこそあれ、「健全なナショナリズム」が欠如していたことが民主主義の不在に結びついていた。したがって、戦後直後の丸山の問題意識は、「ナショナル・デモクラシー」とも言うべき内的結合を達成することにあったし、また、占領期の日本においてこの主張はきわめて当然のものであったと西山さんは指摘した。とはいえもちろん、そこには「日本人主義」のような排除の論理が働くリスクもあったことは指摘されうる。
実際、国家の枠を越えた政治経済的な諸問題への対応や、あるいは国家の枠からこぼれ落ちる難民的存在のことを考えると、抗議行動や権利擁護などの「民意」は現在、グローバルな次元で多くなされている。もちろん丸山当人においても、コスモポリタニズム的な感覚は認められ、普遍と特殊の結合、あるいは西洋と日本との架け橋といった志向が認められはする。
第二に、アメリカにおけるファシズムとしてのマッカーシズムと、日本における民主化の放棄と「逆コース」から、民主主義を形式的に単純に唱えられない時代状況が生じた。そこから丸山は、いわゆる中間団体としての「結社形成的主体」などを通した多様な民意反映のルートや、文化と政治との緊張関係を重視するようになった。
ある種、前期丸山から後期丸山へという、こうした日本文化論重視へというシフトも視野に入れつつ、西山さんは、「来たるべき民主主義」への道筋を丸山から読み取ろうとする。民主主義をたんなる制度ではなく、「理念と運動と制度の矛盾の統一体」としてとらえたときに、「永久革命」としての民主主義という側面と、それを担う行為主体という側面が浮かび上がる。「来たるべき」という政治的位相は、自然的な実在とそこに対して行為主体が働きかける作為との緊張関係において開かれる。すなわち「である」と「する」との緊張関係だ。
グローバル資本主義の時代において「民主主義の名を救う」可能性は、主体的作為(フィクションの実在性)の精神によって、個が、外と内、普遍と特殊という二分法を取り払い、何らかの「普遍性」を獲得することに存する、と西山さんはまとめた。
以下は主たる質疑応答の要旨である(UTCPメンバー以外は名前を伏せた)。
質問A:こうした議論と資本主義との関係、および、人文学から丸山を問い直すモチベーションについて聞かせてほしい。
西山:丸山は講座派から影響を受けつつも、経済論からは距離をおき、経済を第一原理にはしなかった。また、丸山の「政治」は人間を包み込む総体で哲学のようなもので、狭い意味での政治学に限定してはならない。その点で、今回はデリダの視点から、デリダの名前を出さずに丸山を読み直すという試みだった。
藤田:それでは戦後に丸山がもっていたインパクトが掘り崩されてしまわないか? 哲学や文学としてではないところで丸山がおこなったところに、戦後丸山の大きさがあったのではないか。
西山:だから、丸山が制度を重視している点を何度か強調したつもりだ。彼はいわゆる文学や文学者とは距離をおいていた。文学者は、過政治と非政治のどちらかに極端に振れがちだからだ。
早尾:丸山における「ナショナル」の意味の変遷は? あるいは丸山=国民主義という丸山批判の流行についてはどう思うか?
西山:前期丸山について、小熊英二は「ナショナル・デモクラシー=国家総動員」の連続性で読んだが、これは検討を要する課題だ。また、後期について、「古層」論は日本の文化決定論という疑念は残る。
大竹:丸山が何に対して抵抗し発言したのかという文脈が必要。京都学派的な膨張主義への抵抗としての国民主体を立ち上げようとしたはず。
西山:京都学派には「特殊を介して個が普遍と融合する」というロマン主義があったが、丸山はそれに異論を唱えた。
森田:「永久革命」というのは一般には「世界革命」ということではないのか? たんに「革命の連続」という意味では言わないのではないか? これに対してファシズムは、一回性の決定的な決断であり、議会制民主主義へのアンチテーゼとなる。であるなら丸山は、その都度の決断でしかない議会制民主主義を肯定的に捉えていたのか?
西山:丸山はファシズム批判をしていたが、永久革命はファシズム的でもありうる。また丸山には、つねに「普遍」という目標があって、そこに近づいていくイメージはあった。それが議会制民主主義であったかどうかは明示されていないが、ただ、議論はつねにその内部にあったと思う。
森田:抵抗の拠点としての「個」とか「中間団体」とか言ったとすれば、それが普遍に吸収されない拠点たりうるのか? 抵抗の根拠がないと、「来たるべき民主主義論」が言えないのではないか?
中島:それについては「作為」しかないのではないか。「自然と作為との相互浸透」と言ってしまったら、古層論に直接向かってしまう。『日本の思想』で、丸山は小林秀雄の自然主義をこそ批判していたはず。日本的文学の最大の問題は、究極的にフィクションと自然とのアマルガムになっていることで、西山さんはそこにはまってしまっているようにも見える。
また、中国にとってのナショナルと日本にとってのナショナルは時代によってそれぞれ違うはずだ。そう考えると丸山の「ナショナル・デモクラシー」の像も揺らぐのではないか思う。
(文責:早尾貴紀)