【報告】国際シンポジウム「共生のための中国哲学――台湾研究者との対話」
2008年7月12日、国際ワークショップ「共生のための中国哲学――台湾研究者との対話」が東京大学駒場キャンバスにて開かれた。ワークショップは四部からなり、以下、発表順に報告する。
第一部では主として「文学」の問題が論じられた。第一の発表は、佐藤将之氏(台湾大学)「言語は人民を動かさない:中国古代政治思想における非言語的基調」。佐藤氏は郭店楚簡や上海博物館所蔵楚簡など新しい出土資料を駆使しつつ、言語論的角度から、中国古代政治哲学における「非言語」的要素及びそれが政治統治の言説に果たした役割と意義を明らかにしようとした。
続いて、鄭楚瑜氏(台湾大学)は「古い詩語における地理的尺度:黄遵憲の『日本雑事詩』における典拠の運用を例として」を題として発表を行った。清末の「詩界革命」を代表する詩人である黄遵憲の『日本雑事詩』を取り上げ、そこにある典拠の使用と再解釈を分析することを通じて、従来の知的体系が如何にして近代西洋的な知的体系へと変容していたかを考察した。
続いて、喬志航は(UTCP)「王国維の文学」と題として発表を行った。王国維の文学活動を中国における近代的な「文学」の確立という歴史的文脈のなかで検討したものである。
第二部では、心の哲学と道徳性の問題が論じられた。まず、杜保瑞氏(台湾大学)は「<心は性情を統ぶ>と<心即理>の哲学的問題意識について」を演題として発表を行った。杜氏は、主に朱熹による「心は性情を統ぶ」論と陸象山による「心即理」論を取り上げ、東洋哲学の中核をなす「心」なる概念が具体的な哲学テクストの中でどのような問題に直面しながら用いられているのかということを追究した。
続いて、中澤栄輔氏(UTCP)は「道徳と脳神経科学」と題して発表を行った。中澤氏によれば、脳神経科学は人間の高次認知機能である道徳的判断に注目し、実験を通じて、理性主義の道徳とは異なり、情動が道徳的判断に影響を与えていることを示した。従来哲学者固有の領域であった道徳に迫りつつある脳神経科学的研究は、文系と理系という当然視されてしまっている境界を考え直させるものであろう。
第三部では、宗教と世俗化の問題が論じられた。第一の発表は、曾漢塘氏(台湾大学)「台湾の宗教現象への省察」である。曾氏は台湾に現れてきた多様な宗教現象を明快に整理し、分析を加えた。続いて、蔡耀明氏(台湾大学)は「仏教哲学による生命の目的と生命の意義に対する解析」なる演題で発表を行った。蔡氏は、仏教思想から生命の目的、とりわけ言葉だけで把握しえない生命の意義を探究する可能性を説いた。
続いて後藤絵美氏(東京大学)は「現代エジプトにおける<世俗>と宗教」を演題として発表を行った。後藤氏は、現代エジプトの状況を事例に、ムスリム女性が着用する「ヴェール」に注目し、それが、イスラムの教義や思想とどういった関係にあるのかを明らかにすることによって、制度的には「政教一致」を目指しているかに見える国家の「世俗」性を浮かび上がらせようとした。
第四部では、中国哲学の「時代」という問題が論じられた。まず、林義正氏(台湾大学)は「文化治療思惟に対する考察」と題して発表を行った。林氏は、現代の文化的危機のなかで、中国哲学を一種の文化治療学として読み、特に『易』に含まれる啓発性に注目した。続いて黃冠閔氏(中央研究院)は「曲折しつつ往来する哲学的反省:地域哲学が抱える一種の状況」を演題として発表を行った。黄氏は、ドゥルーズの「地域哲学」という概念を用いながら、古典語から現代語への解釈をも含む広義な翻訳と場所の問題に取り組み、他者との関係にある自己、さらに他者としての自己を考えて、中国哲学の新たな道を開こうとした。
(文責:喬志航)