【UTCP Juventus】荒川徹
UTCP・RA研究員の荒川徹です。近現代美術とその理論を研究しています。活動歴は長くありませんが、私は数年前から一貫して、美術作品(および音楽)の時間領域における動的変化の問題に取り組んでいます。
その行動原理は、美術作品を完了した物体・対象(object)ではなく、生成する出来事・事象(event)として思考することです。固定した不動の形ではなく、振動する不確かな変化・変形に基盤を置くことで、いかなる世界の描像をつかみとるのか。私はおもに印象派以降の絵画において、対象と出来事のあいだに生じる変化・流動する形=〈リズム〉が、たとえ局所変化であれ全体のパターンを連鎖的に激動させるあり方を追求しています。芸術のみならず、哲学・科学の思考と交差することになるこの問題は、おもに(1)フランスの画家ポール・セザンヌ(1839-1906)の絵画研究、(2)ミニマリズム以降の1960-70年代アメリカ現代美術・音楽研究、という形をとって展開してきました。
1. ポール・セザンヌの絵画研究
2007年に執筆した修士論文『セザンヌ、1902-06年:絵画的出来事』では、セザンヌ最晩年の作品群において、描かれたモチーフが周囲の形象・色彩との力動的な交錯のなかで、出来事として生起する多様な様態を分析しました。
執筆のただなかで、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(1861-1947)の有機体の哲学に遭遇したことは、思考するモードに飛躍的な転回をもたらしています。それは、主語-述語形式によって記述されるような静的な形態論ではなく、「静止したものは何もない」という原則のもと、生成変化と相互作用を記述する動的な過程論において絵画を見ることです。絵画はそれ自体では運動しませんが、異なる時間の接合というかたちで潜在している時間性を、制作過程と作品経験の双方から明らかにすることを試みています。
上の図は、論文において集中的に扱った、セザンヌ最後の風景画といわれている《ジュールダンの小屋》(1906年)の水彩画/油彩画です。油彩画では、水彩画には存在しない構造ですが、左から下に、家-道-壁-木-空-煙突-屋根-開口部…と横切って渦巻く連結回路が形成されている。私は、物体/空虚が凝集し拡散する、ある意味で自然史的な時間が一つの風景に縮約される、この作品の特異な時間性を抽出しています。
この研究は、それ自体は有機体ではない絵画において「生命」とはなにか、という問いのもと、ホワイトヘッド以降の有機体論(生態心理学やシステム論など)の思考とともに深化させることを計画しています。
2. 1960-70年代アメリカ現代美術・音楽研究
セザンヌ研究に取り組む以前は、1960-70年代におけるミニマリズムの美術と音楽を研究していましたが、それも徐々に再開しています。そこでは、幅のない瞬時ではなく「プロセス」としての時間展開から作品のリアリティーを探ることを試みてきました。異なるジャンルのアーティストたちが相互のシステムに連結しあうような環境のなかで、形とプロセスが結合・反転することで生じる、視-聴覚、時-空間の新たな連繋を切り出していくことを照準に定めています。この研究は、PD研究員の平倉圭さんと行っているUTCP短期教育プログラム「現代芸術研究会」とともに続けています。
現在、私は上記の理論研究に、計算・実験という過程を据えることで、異なる回路形成を目論んでいます。芸術における時間変化の問題は、次なる段階として、色彩や音色の変調がもたらす、知覚と情動の共振をめぐって展開することができればと考えているところです。
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