【報告】Moishe Postone連続講演会
去る7月26日から31日にかけて、シカゴ大学からモイシュ・ポストーン教授を招き、マルクスについての三回のセミナーが行われた。
セミナーで話された理論的な枠組みは、ポストーン氏の主著『時間、労働、社会的支配 Time, Labor and Social Domination』(Cambridge University Press, 1993)に基本的に基づいており、以下の議論に興味を持たれた方はぜひ参照されたい。また三回の講演すべてにわたって、ウィレーン・ムーティ氏(オタワ大学)は、冒頭で上掲書の思想を簡潔に提示し、ポストーン氏の議論を理解するための手掛りを与えてくれたことをここで付け加えておきたい。
ウィレーン・ムーティ氏による日本語レジュメ(全3回)⇒ファイルをダウンロード
26日(土)に行われた第一回目のセミナーは「マルクスの批判理論再考」と題され、講演全体の議論の枠組みが提示された。ポストーン氏は現代世界を根本的に理解するためにはマルクスの批判理論から出発する必要があると述べる。彼の理論だけが現代世界をなお駆動する資本の運動への洞察を与えてくれるからである。ただそのためには階級闘争や搾取、また生産手段と生産力の矛盾といった伝統的なマルクス主義お馴染みのカテゴリーが「超歴史的に」妥当するという考え方を退ける必要がある。マルクスの理論は徹底的に歴史的に解釈されねばならない。
マルクス理論の中心概念である労働にも同じことが言える。資本主義社会における諸関係は商品によって媒介されているが、この商品の分析のためには、それを産み出す活動であり、それ自体商品である労働概念の分析が不可欠であることは言うまでもない。ポストーン氏はこの特殊歴史的な労働概念をこの社会を構成する基礎的な活動とみなす。そのとき、商品が使用価値(具体的価値)と交換価値(抽象的価値)を持つように、労働も具体的労働と抽象的労働に区別されるが(ポストーン氏によれば時間もまた同じように区別され、それこそが価値を測る尺度となる)、物質的富とは区別される(抽象的)価値を構成する後者の持つ自己組成的な媒介作用こそが資本主義社会を隅々まで組織し、資本の支配を産み出すと彼は言う。このカテゴリーの独特な理論的な対象性を認識し、価値の自己更新と増大をそれによって解釈することが、この社会の「歴史的ダイナミック」を把握するために必要不可欠となるのである。
続いて29日(火)には、「歴史的変化を理論化する―――批判理論と20世紀の変容」と題された二回目のセミナーが行われた。そこで扱われたのは、20世紀前半(とりわけ世界大恐慌以降の30年代)に現れたマルクス主義の新展開である。とりわけルカーチ、ポロック、ホルクハイマーといったフランクフルト学派の批判理論に代表されるこの新たな思潮は、30年代の国家干渉主義(あるいはフォーディズム)の登場を前にして、古典的な自由主義を前提にしていたマルクスの理論の再構築を試み、もはや市場中心的ではなく官僚主義的な統制に基づくようになった国家資本主義についての理論を練り上げた。
だがポストーン氏が問題視するのは、彼らにおいては資本主義支配の核心である労働概念が超歴史的な道具的理性の原理とみなされることで、国家資本主義の体制が解放の余地なき一次元的な社会として把握される結果になってしまったということである。そして、氏によれば、こうした一面的な労働理解は、フランクフルト学派の次の世代に当たるハーバーマスにも受け継がれている。前世代の悲観主義的な資本主義理解を克服しようとして、労働や道具的理性に還元することのできないコミュニケーション的理性に基づく相互行為に訴えたハーバーマスであるが、ポストーン氏の見るところ、解放の可能性はマルクスの『資本論』に見出される労働概念そのもののうちに含まれているのであり、コミュニケーション的行為といった別種の原理を持ち出す必要はないのである。
31日(木)の三回目のセミナーは多少規模を拡大して、講演会という形式でとり行なわれた。そこでポストーン氏は本格的に『資本論』の読解に取り組み、資本主義的生産様式の特徴である労働概念、およびその基礎となっている時間の概念を議論の俎上に載せた。
『資本論』では商品の労働価値を測る尺度はさしあたり労働時間とされており、均質で連続的な尺度として役立つこうした時間を氏は「抽象的時間」と呼ぶ。このような時間理解は、前近代の生活を規定していた「具体的時間」とは根本的に異質であって、近代資本主義の時代に特有のものである。しかし他方、資本主義は抽象的時間とともに「歴史的時間」からも成っている。この歴史的時間は蓄積された過去の知識や経験の領有に基づいており、技術発展の源泉として、(単なる労働時間の延長によって生み出される絶対的剰余価値ではなく)単位時間当たりの生産量の増大に基づく相対的剰余価値を生み出していく。そうして、資本主義社会では、準客観的な秩序となった価値法則が人間を支配し、ポストーン氏が言うところの「ルームランナー効果」によって人々を生産速度の絶えざる上昇へと駆り立てるのである。だがこうした生産性向上は、資本主義生産における直接的労働時間の役割の低減をも意味している。ポストーン氏の『資本論』読解は、資本主義に内在する抽象的時間と歴史的時間とのそのような内的弁証法に目を向けるものにほかならない。今回の一連のセミナーでは、そこから資本主義の変革の可能性を見出そうとする氏の展望が完全に明晰になったとはまだ言い難いが、『資本論』を新たな視座から捉え直すきっかけを与えてくれたことは疑いないだろう。
(報告:大竹弘二・森田團)