田中純・ウィーン報告
2007年12月5日から9日まで、ウィーンでアビ・ヴァールブルクと岡正雄に関する調査を行ないました。
おもな目的はアルベルティナ(Albertina)で開かれたアビ・ヴァールブルク「ムネモシュネ」のパネル展を調査し、主催者のひとりであるDr. Werner Rapplと情報交換をおこなうことでした。(「ムネモシュネ」についての説明は省きます。拙著『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』などをご参照ください。)
Dr. Rapplは現在、在野の研究者ですが、Aby Warburg: »MNEMOSYNE« Materialien. München und Hamburg: Dölling und Galitz, 2006という、ヴァールブルクの図像アトラス「ムネモシュネ」の資料集を編集したグループの一員です。今回の展示は原寸大(175×140cm)の写真パネルを63枚展示したもので、ただし、各図版は可能な限り鮮明なイメージに差し替えられていました。図版をあらたにしただけでなく、巨大にすることで、細部まで鮮明になり、識別可能性が格段に向上していました。
わたしは現在、関西学院大学の加藤哲弘教授、埼玉大学の伊藤博明教授とともに、「ムネモシュネ」全パネルの解説を分担して執筆中で、来年中にはありな書房から刊行予定です。その解説および出版のために、Rappl氏からはいろいろと有益な情報およびデータの提供を受けました。世界各地のヴァールブルク研究者の調査活動をネットワーク化する必要を語っていたことが印象的です。
なお、ウィーン調査からは話題が外れますが、ヴァールブルク関係では、彼が精神病を患った時期の資料がようやく原典ドイツ語版(Ludwig Binswanger und Aby Warburg: Die unendliche Heilung. Aby Warburgs Krankengeschichte. Zürich und Berlin: diaphanes, 2007)で刊行され(なぜか編者の母国語イタリア語版が先行していた)、この編者Prof. Davide Stimilli (University of Colorado) ともコンタクトをとって、日本語訳出版の可能性を模索しています。
ウィーン訪問の付随的な目的は、ウィーン大学の東アジア学図書館(Fachbereichsbibliothek Ostasienwissenschaften)で人類学者・岡正雄の博士論文のコピーを入手することでした。調べたかぎりでは、ここにしかない巻があったため、館長のDr. Gabriele Pauerの計らいで、この日に資料の利用を許可してもらいました。しかし、どうもいまだ未調査の資料が眠っているらしく、岡のこの幻の論文については、なかなか全貌がつかめません。以前、翻訳出版の話もあったはずですが、その後、どうなったのか、定かではありません。とまれ、岡の論考が必要となったのは、オットー・ヘフラー(Otto Höfler)のゲルマン神話学研究との同時代性を検証するためであり、1930年代のヨーロッパにおける神話・民俗研究の文献学的探索は、これからの最大の課題です。
そこでわたしが目指そうとしているのはたぶん、『幼児期と歴史』でアガンベンが語ったような、「批判的神話学」としての「文献学」なのでしょう。それが「哲学」なのかどうかはわかりません。ただ、それが、徹底して「文献」に寄り添いながら、「文」を供犠のように「献じる」営みであることだけは、確かなようです。