ガブラコヴァさん講演会報告
10月31日、UTCPメンバーであるDennitza Gabrakova氏による講演会が行われた。講演のタイトル“The Desert Islands of Utopian Cartography”に現れているように、独自の視点から戦後の日本文学を読み直した発表に、多くの質問やコメントが寄せられた。
講演の内容を簡単に報告しよう。戦後、remote islandsをテーマにしたいくつかの文学作品が発表されたが、講演では日野啓三氏の『夢の島』を取り上げている。remote islandsへの関心を読み解くことで、島国に住む我々に浸透する意識を明らかにできる可能性があるのだ。また、我々をより深いレベルの空間的想像へと導くことにもなり、そのような想像においては、場所への願望はどこにもない場所への願望、つまりutopiaへの願望へ転換するのである。
Gabrakova氏は、『夢の島』を、geo-philosophicalなテキスト、Gilles Deleuzeの“The Desert Island”に関連させて読み直す。両者を関連させることがどこまで有効かについては、まだ多くの議論が必要であろう。たとえば、recreationとseparationが、夢の島にはどのように符合していくのか、など。しかし、講演で提示された様々なテーマは、参加したメンバーそれぞれが思考を深めるための大きな契機となっただろう。
以下、自分の関心に基づいて今回の講演を振り返ってみたい。講演会終了後、私は図書館で『夢の島』(昭和文学全集第30巻、小学館)を読み、改めてutopiaとは何かを考えてみた。戦後の荒野を経験しない私にとって、『夢の島』の主人公、境昭三が抱いたような埋立地への憧憬を、全く同じかたちで抱くことはできない。しかし、だからといって、昭三のような憧憬を理解できないわけではないのだ。全集の解説によれば、日野氏の作品には、『夢の島』に限らず、廃墟・荒野・砂漠など人間の匂いが消えた風景が多く登場する。「人間以前」「人間以後」の風景を好んで描く日野氏は、人間の原型を見ようとしているというのだ。戦争の焼跡に重ねあわされる夢の島は、復興したいまの前にあった原風景であると同時に、小説にあるように、何かを感じ取った東京の子供たちが集う未来の風景でもある。
我々が人間である以上、人間の匂いの消えた風景の中に身を置くことは厳密にはできない。それゆえ、それは我々にとって究極的な「どこでもない場所―utopia」への願望となる。このような願望は様々な文学作品、そして現在の我々が共通して持つものである。講演会に参加して、そして『夢の島』を読んで思い起こしたのは、「砂漠は美しい」という言葉(『星の王子さま』)、あるいは池澤夏樹氏の「塩の道」という詩である。後者は「人の目は見ていなくても 風景はあるのだろうか」と問いかけ、人間のいない浜辺を描こうとする。これらもひとつのutopiaであろう。しかし同時に、前者は砂漠が美しい理由を「どこかに井戸を隠しているから」とし、後者は「海は 荒びた心を持つ一人の神 ではない」のに「おれたちは勝手な思いを それぞれの海にいれて 一歩離れてながめ なんとなく安心する」という。人間の匂いのしない場所を求めながら、やはり何らかのかたちで人間とつながろうとする。「ここではないどこか」を求めながら、結局のところ「ここ」に戻ってきてしまう。utopiaは最後まで実現できない。しかし境昭三は、徹底的にutopiaを求め、実現してしまった人物なのであろう。「ここではないどこか」に移った人間は、二度と「ここ」には戻れないという代償を払いながら。(田中有紀)
Comment from Dennitza Gabrakova:
I am really grateful to the members of UTCP for their careful listening and warm attitude. All the questions I received regarding my paper were interesting, thought-provoking, and some were really fantastic. With a very small exception, all my listeners were not specialists in Modern or Contemporary Japanese literature; however, their reaction to my research proved to me the wide scope of problems training in philosophy and abstract thinking allows to cover.