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【報告】ドイツ・オーストリアにおける哲学相談/哲学プラクシス/哲学カウンセリング ――起源・現在・養成プログラムをめぐって

2026.03.03 堀越耀介 Permalink

【報告】ドイツ、オーストリアにおける哲学相談、哲学プラクシス、哲学カウンセリング――起源、現在、養成プログラムをめぐって

2026年2月28日、UTCPオンライン・イベントとして、ウィーン大学哲学プラクティス課程に在籍する建内亮太氏をゲストに迎え、ドイツ・オーストリアにおける哲学プラクティスの歴史、現状、および養成プログラムについて聞く機会を得た。

日本国内では哲学対話やP4C(子どものための哲学)が広く知られる一方、哲学相談・哲学カウンセリングについての情報は限られている。本イベントでは、1対1の対話実践を中核とする哲学プラクティスの本場での展開について、現地で学ぶ建内氏から直接話を聞く貴重な機会となった。

第1部:アーヘンバッハの哲学プラクシス——理念と実践

建内氏は、現代哲学プラクティスの父と呼ばれるゲルト・B・アーヘンバッハ(1947年生まれ)について述べた。アーヘンバッハは1981年、ヘーゲルで博士論文を書き終えた後、35歳の時に「哲学プラクシス」という理念のもと、1対1の会話哲学相談を立ち上げた。この実践はドイツ・オーストリア圏からアメリカへと急速に伝播し、1980年代から90年代にかけて世界的なムーブメントとして加速していったという。

建内氏は「哲学プラクシス」「哲学相談」「哲学カウンセリング」の区別を明確にした。哲学プラクシスは理念であり、それを現実化する手段として哲学相談(ドイツ的)と哲学カウンセリング(アメリカ的)がある。アーヘンバッハが始めたものは「哲学相談」と呼ぶべきものであり、後にアメリカでローカライズされた「哲学カウンセリング」とは本質的に異なるものだという。この区別は日本の臨床哲学が理念として始まり、哲学カフェや哲学対話として実践されていった経緯と類比的である。

哲学相談を訪れるのは、心理療法を訪れるような人々と重なる部分もあるが、特徴的なのは「不自由なく暮らしているが人生が虚しく感じられる」という実存的な悩みを抱える人々である。アーヘンバッハの実践を象徴する事例として、精神科医も心理療法士も手を上げた自殺未遂をした17歳の女性のケースが紹介された。アーヘンバッハはこの少女に対して、解決を試みるのではなく、「一人の人間として真剣に受け止め」、その人が何を言おうとしているのかを理解しようと探求した。問題解決をしようとしないことが、逆説的に問題を解決することになるという信念がそこにはある。

アーヘンバッハの哲学プラクシスの理念——5つのエッセンス

建内氏はアーヘンバッハの哲学プラクシスの理念を5つのエッセンスにまとめて説明した。

第一に「真剣に生きる(Lebenskönnerschaft)」。これは単に生き延びることではなく、その人の人生の意味において堂々と胸を張って生きていくことを意味する。セラピー文化が「苦しみを取り除いて幸せになる」ことを目指すのに対し、哲学相談は「たとえ苦しみがあるとしても、私がこの人生を生きるとは何か」という真実を求める。

第二に「哲学史の遺産を引き継ぐ」。哲学史を学ぶことは、単に知識を得ることではなく、その人が「誰になったか」が問われる。教養を身につけることで、その人が何を言おうとしているのか、何が言葉になっていないのかに対する感受性を高めていく。アーヘンバッハはソクラテスについて、アゴラで対話をしたから偉大なのではなく、「自分の言葉に責任を持って、自分の生き方を貫いて死んだ」ことが真剣に生きることだと評価する。

第三に「聴くこと」の再評価。アーヘンバッハは「聴く」という営みを「受動的な能動性」として高く評価し、「アインゲラッセン(eingelassen)」という造語を作った。これは「他者を迎え入れる」という意味であり、関心を持ってその人を理解しようとすることで、その人を自分のところへ迎え入れる。聴くことによって自分を「あなたと私」という二人称的な関係の中に巻き込ませていく。他者の当事者にはなれないが、関係者になっていくのである。

第四に「個別的なものを1回限りに扱う」。カテゴライズせず、理論を当てはめず、その人がオリジナルな存在として何を言おうとしているのかを探求する。例えば「職を失った」という状況も、その人にとってどういう状態なのかを常識に当てはめずに考える。その人が真剣に生きるとはどういうことなのかを探そうとする。

第五に「セラピー文化に抗う」。現代社会では、苦しみは病であり、それを取り除けば正常な自分・人生に戻るという考え方が支配的である。アーヘンバッハはこれに抗い、「何か見落としていることがあるのではないか」と問う。人生の豊かさ、生きることの豊かさをもう一度再発見することを目指す。アーヘンバッハはセラピーに対してかなりラディカルな反対姿勢を取っており、「哲学プラクティスは新しい療法ではないだけでなく、むしろ決定的に療法ではない」と明言している。

1970年代ドイツの文脈とアメリカへの伝播

アーヘンバッハの哲学プラクシスが登場した1970年代のドイツは、心理療法が制度化され、保険適用もされていた。ビンスヴァンガーの現存在分析やフランクルのロゴセラピーなど、哲学的な心理療法が台頭していた。同時に、教会が担っていた魂のケア(ゼーレゾルゲ)が世俗化し、心理学と合流していった。人生における困難が「症状化」され、あらゆる問題に治療的解決策が提供される中で、「生活が空洞化してしまう」という揺れ戻しが起こった。アーヘンバッハは、1対1の対話実践を「哲学の側に引き戻そう」としたのである。

この実践は1982年にアメリカに渡り、驚異的なスピードで職能化が進んだ。ドイツ・オーストリアでは学術ネットワーク(1982年に哲学プラクシス協会設立)から職能化(2009年に哲学プラクティス職業協会設立)まで約30年かかったのに対し、アメリカでは1992年の全米哲学実践者協会から1999年のアメリカ哲学実践者協会まで7年で完了した。しかし、アメリカではセラピー的な色彩が強まり、問題解決の手段として哲学カウンセリングが用いられるようになった。マリノフ、シュスター、ミジュストヴィッチ、アミールといった代表的実践者の事例を見ると、程度の差はあれ、問題解決の枠組みに哲学を当てはめる傾向が見られる。

建内氏は、アーヘンバッハの哲学相談とアメリカの哲学カウンセリングの違いを明確にした。前者は「問題と向き合うことで問題そのものを変容させる」「何が問題なのかから扱う」のに対し、後者は「問題解決のために哲学を手段として用いる」。哲学性の担保についても、アーヘンバッハは「誰(Who)」の問題、つまり哲学史の遺産が実践者にどのように血肉化されたかを問うのに対し、アメリカは「方法(How)」、つまり哲学的な議論や概念を使っているかどうかが問われる。セラピーとの関係も異なり、アーヘンバッハがセラピー文化に対抗するのに対し、アメリカは精神医学から距離を置きつつも心理療法とは共存・補完関係を目指す。

第2部:ドイツ・オーストリアにおける哲学プラクティスの多様化

第2部では、アーヘンバッハの1対1の対話に留まらない、ドイツ・オーストリアにおける多様な哲学プラクティスの実践が紹介された。

まず1対1の対話実践者として、トーマス・ゲルトマッハとマルティン・ポルトルムが紹介された。ゲルトマッハは喪失や悲嘆にどう付き合うかを扱う実践者であり、ポルトルムは心理療法士でもあり、現存在分析やロゴセラピーの専門家として哲学相談も行っている。両者ともウィーン大学の哲学プラクティス課程で指導も行っている。

集団での実践としては、哲学カフェとソクラティック・ダイアローグが定期的に開催されている。ウィーンのカフェ・コルプでは隔週土曜日に30〜40人が集まり、大学教員がモデレーターを務める哲学カフェが開かれる。フィロソフィッシュ・ポリティッシュ・アカデミーでは月に1回、少人数でソクラティック・ダイアローグが開催され、合意形成を目指した徹底的な対話が行われる。

特徴的な実践として「哲学サロン」が紹介された。ヴェーネントファーラーとモースレヒナーという2人の実践者が運営するサロンでは、前者が単発で毎月テーマを設定し、講義と議論を組み合わせる形式を取る(例:2025年2月は「教育の危機——権威とは何か」でハンナ・アーレント生誕120年を記念)。後者は数ヶ月同じメンバー8名ほどで定期的に開催し、哲学文献と日常生活を橋渡しする導入の後、参加者が自分の経験と照らし合わせながら対話する。このメンバー固定型の長期サロンは、共同体的な学びの場となっている。

舞台芸術との融合も見られる。アルノ・ビューラーは「フィロソフィー・オン・ステージ」として、プラトンの対話篇を演劇作品として解釈し、舞台上で哲学を実践する試みを行っている。また定期的にヨガと哲学を組み合わせたイベントも開催している。

ノルウェーの哲学リトリートは、3日間農場のロッジに滞在し、ソクラティック・ダイアローグ、沈黙を挟む対話形式、ヨガ、哲学散歩などを行う実践である。ノルウェーは北欧で最も早く哲学プラクティスを導入した国であり、オスロ大学とノルウェー南東大学で研究と実践が進んでいる。

実存的ケアの領域では、サンドラ・ラーディンガーの難民支援とホスピスケアのプロジェクトが紹介された。ラーディンガーは難民に対してドイツ語支援と哲学カフェを組み合わせ、「声を取り戻す」実践を行っている。初級・中級のドイツ語能力では働けても、自分のことを深く語ることは難しい。哲学カフェという特別な場で、自分の経験についてドイツ語で語る機会を提供する。また、緩和ケア・ホスピスにおける哲学プラクティスのプロジェクトでは、死にゆく人々や近親者の生活の質向上に哲学が何ができるかを探求している。これらは国からの資金を得たプロジェクトとして運営されている。

市民イベントとして「哲学の夜(Nächte der Philosophie / Lange Nacht der Philosophie)」が春と秋に年2回、3〜4日から1週間程度開催される。講演、哲学カフェ、ソクラティック・ダイアローグなど、多様な哲学イベントに市民が参加する文化が定着している。

第3部:ウィーン大学哲学プラクティス課程

第3部では、建内氏が現在在籍するウィーン大学の哲学プラクティス課程について詳細な報告がなされた。このコースは大学院レベルに対応する2年間の継続教育プログラムであり、2014年に開始され、建内氏は第6期生にあたる。ドイツ・オーストリアで大学制度内に設置された初めてかつ唯一の専門コースである。

対象者は、哲学の学位を持つ者、教員免許を持つ者、相談業務の専門家、あるいは基本的な哲学知識を持つと認められた者である。哲学の学位や教養が求められることが特徴的であり、ドイツ・オーストリアにおける学位へのリスペクトの高さが背景にある。参加者は30名弱で、哲学の学位を持ちながらIT企業で働く人、医師でありながら哲学に興味を持ってニューアクロポリス(哲学スクール)を運営する人など、多様な背景を持つ。

カリキュラムは4学期に分かれる。1学期目は理論的基盤の講義が中心で、哲学プラクティスの歴史や枠組みを学ぶ。2学期目から1対1の対話実践が課題として加わる。自分でゲストを見つけて対話し、プロトコル(記録)を書き、指導者にスーパービジョンを受ける。20時間の実践と5回のスーパービジョンが必要で、費用は学費とは別に自己負担となる。3学期目から個人プロジェクトが始まり、各自が哲学プラクティスのプロジェクトを企画・実施する。建内氏の場合は日本人向けの1対1の対話実践をプロジェクトとしている。最後に50ページ程度の修了論文を書き、口頭試問を経て修了する。

講師は20数名がオムニバス形式で担当し、毎月2〜3日のゼミが開かれる。アーヘンバッハ本人も来て指導することがある。印象的だったのは、1学期目に精神科医と心理療法士が来て、哲学相談の限界と倫理について講義したことである。危機対応を安易に引き受けてはいけない、症状に対する緩和を保証できるものではないこと、必要に応じて精神科医や心理療法士につなぐネットワークを構築しておくべきことなどが教えられる。

個人プロジェクトの例として、都市生活者の生き方についての内省支援、高校生女子と『ソフィーの世界』を読む対話、失業者との哲学的対話、町での哲学カフェ実践におけるコミュニティ形成の工夫などが紹介された。多様なプロジェクトを通じて、理論と実践の往復が行われる。

修了後は「学術的哲学実践者」の称号を得るが、これは国家資格ではなく、大学が発行する修了証である。これをもとに開業する人もいるが、多くは他の職業と兼任する形で実践を行っている。

日本の学校教育への応用可能性

イベントの最後には、UTCP特任研究員の堀越耀介から自身の研究構想が共有された。それは、養護教諭の健康相談に哲学相談的なアプローチを導入できないかという提案である。保健室は評価がなく教科でもない空間であり、そこで哲学的な問いを立てて生徒に向き合うことができれば、受容・共感と指導・助言の二者択一ではない第三の道が開けるのではないだろうか。

これに対して建内氏は、ケアの文脈で哲学が必要とされていることを実感しており、学校というフィールドに出向いていく臨床哲学的な試みには可能性を感じると応答した。社会を変えていくためには、待つだけでなく、具体的な制度の中に入っていく必要があるという認識が共有された。

おわりに

今回のイベントは、日本ではほとんど知られていないドイツ・オーストリアの哲学プラクティスの実態について、現地で学ぶ建内氏から直接話を聞く貴重な機会となった。アーヘンバッハの「哲学プラクシス」がセラピー文化への対抗として生まれ、アメリカで問題解決型の哲学カウンセリングへと変容していった歴史、ドイツ・オーストリアにおける多様な実践形態、そして大学制度内での専門的な養成プログラムの詳細まで、包括的な情報が提供された。

特に印象的だったのは、実践者の多くが哲学の修士号/博士号を持ち、哲学史の遺産を血肉化していることが求められるという点である。これは哲学対話のような営み(「そもそも」や概念を問い直しつつも、哲学の専門用語は基本的に使わない実践)が新しいものとして受容されている日本の状況とは大きく異なる。文化的背景の違いを踏まえつつ、日本における哲学プラクティスの可能性を考えていく必要性が浮き彫りになった。

また、1対1の対話に留まらず、サロン、リトリート、難民支援、ホスピスケアなど、多様な実践が展開されていることも明らかになった。特に社会的プロジェクトに国が資金を出していることは、哲学プラクティスが福祉政策の一環として位置づけられている側面を示している。

養成プログラムについても、2年間で理論と実践を往復し、スーパービジョンを受け、個人プロジェクトを実施するという体系的なカリキュラムが紹介された。日本でも同様の養成プログラムを構築する際の重要な参照点となるだろう。

建内氏は2027年春に帰国予定であり、今回の発表内容を修士論文としてまとめたいとしている。日本における哲学プラクティスの理論化と実践化に向けて、今後の研究と活動が期待される。

(報告:堀越耀介)


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11月21日金曜日19時より、株式会社哲学の代表である小林和也さんをお迎えし、「哲学を事業にすること」と題したオンラインイベントが開催された。

株式会社TETSUGAKUの代表である小林さんは、同社の設立経緯、サービス内容、そして哲学を社会に普及させたいという情熱について語った。北海道大学発のベンチャーとして設立された同社は、世界的現象学者である田口茂氏をCPO(チーフ・フィロソフィカル・オフィサー)に迎え、企業や個人向けに哲学コンサルティングや研修などを提供している。議論は、小林氏個人の哲学への目覚めから、ビジネスにおける哲学の役割、そして今後の展望にまで及んだ。

小林さんは北海道大学発ベンチャーとして、本年6月に設立された株式会社TETSUGAKUの取り組みを紹介しながら、哲学実践を社会に開いていくことの可能性と課題について語った。同社は企業・個人向けに哲学コンサルティングを提供しており、北海道大学の現象学者・田口茂氏との協働関係のもと、学術的な専門性に基づいたサービスを展開している。

サービスとしては、主に以下の4つを提供する。 1. 哲学コーチング: 個人が抱える問題について深く考えるための対話。 2. コンサルティング: プロジェクトなどが抱える課題解決に向けた対話。 3. メディエーティング: 組織内で生まれた理念などを浸透させるための媒介的な対話の場作り。 4. 研修: 哲学の専門知識に関する講義や演習。

お話の中で印象的だったのは、小林さんが自らの現在の状況を、ハンナ・アーレント『人間の条件』の概念を通して語った点である。アーレントは人間の営みを労働(labor)、仕事(work)、活動(action)に区別したが、小林氏は今まさに会社という形で「世界に現れる」ことを試みている自分自身の状況を、アーレントの言う「活動」として捉えていた。活動とは、言葉と行為によって人が公共の場に現れ、その人のユニークな存在が暴露されることである。この実存的な自己理解のもとで会社を立ち上げたという語りには、哲学を生きることと実践することの密接な結びつきが表れていた。

彼が強調したのは、「一緒に考え抜く」ことの重要性だった。人生における大きな問いに連れ添い、共に驚き、共に探求する。答えを与えるのではなく、その人が向かうべき問題の入り口まで一緒に到達すること。彼自身、学生時代の仲間と今も読書会を続けており、哲学のテクストを共に読み、語り合える友人がいることの幸福を語った。その幸福を社会に普及させたいというのが、彼の根本的な動機となっている。小林氏の様々な実践形態は、この根源的な哲学することがたまたま異なる形を取ったものに過ぎないようにも感じられた。


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