破急風光帖

 

★  日日行行(694)

2025.10.02

(4)
 「影、友よ」と呟いていたのだったか。
 真っ赤な彼岸花が咲き乱れる川岸の細道を雲に向かって歩いていた。足元からは飛蝗が前へ、前へと跳んで行く。後戻りはしない。少し逸れて、しかし前へ、ただ前へ。振り返ったりはしないのだが、たぶん、わたしの後ろには、もう輪郭も定かではないかもしれないが、影が引き摺られるように伸びている。
 「光は、どんな光も、この三次元の空間のなかのものではなく、影は、どんな影も、この空間の外へと通路を開いてる。そうなのだね。われわれは光と影のあいだにある。まるで線が点と面のあいだにあるように。いつでも光と影に分裂して砕け散っていこうとしている」(「影、あまりに人間的な」in 『思考の天球』)。

 ああ、風が吹いてくる。彼岸花やコスモスの草叢を渡って。流れゆく川面を渡って。こうやってずっと歩いていたんだね、影、友よ。「そう、そう呼びながら、わたしはわたし自身であるあなたをそう呼ぶのだね。影、友よ」(ibid.)
 渡る橋はまだ見えない。だから、川に沿って歩くだけ。真っ赤な彼岸花。色とりどりのコスモス。風に揺れる芒(すすき)。影を連れて。影となって。そう、影は言っていた・・・「ホラ、ソノ草々石々ノアイダノ細イ路ヲ、ワタシト別ノモノデハナイ高サノ方ヘト歩イテ行クノダ」と。
 ただそのように歩いてきたのだったか。ずっと。草と石のあいだを。流れる水の岸を。雲の方へと。


↑ページの先頭へ