破急風光帖

 

★  日日行行(692)

2025.09.15

(3)
 Fureurーーこれをわたしは〈激怒〉と訳すのだが、これこそが、わが生へ、わたし自身が押し付け刻み込んだ〈紋章〉、いや、焼き入れた〈刺青〉であったろうか。
 「無限は耐え難い。真理は非人間的である。そして、それ故に、われわれはこの透明な秋の日のなかで、荒れ狂う〈激怒〉として立ち竦むことになるのだ。この〈激怒〉は他の人々に向かうものではない。(・・・)そうではなくて、われわれはただ無限のこの耐え難さ、時間の向こう側のあの大文字の〈他者〉の耐え難さに対してのみこの〈激怒〉を保持し続けるべきなのである」(「秋の光ーーあるいは聖なる〈激怒〉」 in 『光のオペラ』)

 こう書いたのは1989年秋だった。
 どこからともなく、不意に、〈運命〉という剣の切先が迫ってくる〈刻(とき〉が誰の生にもある。あの年は、わたしにとってそのような〈刻〉のひとつではあった。誰にも聞こえない高い空で命終の鐘がガランガランと鳴り響いていた。すぐそこに切先は見えていた。その〈無限の鋭利な切先〉(これはまた別のアイツ( Ch.B.)の言葉だ)に向かって、わたしは竜巻のように立ち昇る〈わが激怒〉を投げつけたのだったか。
 ある朝、目が覚めると、剣の切先はまるで夢のように消えてしまっていた。
  爾後、毎朝、わたしは歌う。
  L’ECLAIRE DE TA PLUS BELLE FUREUR
DECHIRE LA NUIT
CRIE LE NOM D’UNE DEESSE
SURGIRA ALORS LA FLEUR.
(おまえのもっとも美しい激怒の閃光が/夜を引き裂く/女神の名を呼びたまえ/そうすれば浮かびあがってくるだろう、一輪の花が。)
 FUREUR(激怒)がFLEUR(花)として花開く。
だが、いまとなっては、そのときわたしがどの女神を呼んだのだったか、いまでは、どうしてもその名が思い出せない。
 いったいどこに、花は、咲き出たのか・・・・花よ、〈激怒〉の一輪の花よ、花はとうに散って、いまはただ、あたり一面、夜の香りが立ち籠めるだけ。


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