破急風光帖

 

★  日日行行(691)

2025.09.09

(2)
 颱風が通過して厚い雨雲の塊が海の彼方に遠ざかっていくと、強い光が差し込んでくる。これは秋の光なのか、夏の残光なのか。わたしは〈秋のプラージュ〉plage d’automneにいるのか、まだそうではないのか。
 「横たわったまま手足をのびのびと伸ばし、軀を半分ほどもこのさらさらと乾いた砂のなかに沈め、空の遠くへと見やった眼差しが波打ち際のように寄せてくる白雲のなかにそのまま吸い込まれてしまうと、不意に、わたしには分かった。わたしがいるこの広大な砂原は〈秋〉なのだ、〈秋のプラージュ〉にわたしはいるのだ、と」(「秋の遺書」in 『思考の天球』)

 31年前、44歳にしてわたしは「遺書」を書いていたということになる。与えられたテーマが「秋」だった。で、〈秋〉について書こうとしたら、L’automne déjà!(もう秋か!)という言葉が立ち昇り、それに続けてアイツ(A .R .)が loin des gens qui meurent sur les saisons(季節の上で死んでいく人々からは遠く離れて)と書いていたにもかかわらず、その〈秋〉、まさに〈la clarté divine(神的な光)〉にも通じる突き刺さるような光のなかで、わたしは死んでいく人として遺書を書いてみようとした。だが、その遺書、その手紙は、やはり誰にも届けられることなく、そのまま砂原のなかに沈み、消えていった。
 わたしは書いた、「ああ、秋か。もう秋か。言葉を遺しておくべきどんな時間があるだろう。遺書が何の役に立つだろう。ただ一面に光が溢れている。光が風のように波打っている。・・・ただ、はじめから、はじめなきはじめから、このひろびろとしたプラージュが拡がっているだけ。プラージュ。光のプラージュ、ただ、それだけ」と。
 Plage(プラージュ)、仏語のこの響きがすべてだったのだ。大地と海の境界、留まることができない波打ち際の砂浜・・・まるで遠いなにかに憧れるように、わたしはその一語を呟いたのだったか。その言葉が戻ってくる。Plage、秋のPlage・・・Plage d’Automne・・・見上げると、鴎だろうか、鳶だろうか、数羽の鳥が大きく弧を描いて彼方へ飛んでいく。・・・これは別のアイツ(G.A.)の詩句なのだが、Les jours s’en vont, je demeure(日々は過ぎ去り、わたしは留まる)、そのように、わたしは留まる、Plageに。


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