破急風光帖

 

★  日日行行(673)

2024.09.21

* 明日は秋分ですね、Equinoxe、このéqui-に昔から魅かれますね。均衡がとれるというよりは、境界線の感覚。見えない線を通過して、違う世界へ進むみたいな・・・・

 またしばらく本ブログを更新していませんでした。今月はなにか転換期で、静かに、しかし迷いながらすごしています。前回、触れた「翻訳」はやっぱり続かず、放り出したまま。しかし、それとは別に、ある事情があって、350頁もの部厚いフランス語の本と格闘する日々です。
 これが難しい、中身が難しいというのでなくて、言葉が難しい、というか、わたしが知らない
単語ばかり・・・こんなにフランス語知らなかったんだ、と溜め息つきながら少しずつ読んでいます。langueというものの広大さ。いつまで経っても、わたしにはフランス語は外国語なんですね。
 でも、これは、何の本なのか、明かしておくべきかな?
 実は、わが「師」のひとりジャン=フランソワ・リオタールの Sighé Malraux です。
アンドレ・マルローの「伝記」。リオタールは98年に73歳で亡くなっています。かれが96年に出版した本。わたしはリオタール先生からじかにこの本をいただいています。
 マルローは1976年に75歳で亡くなっています。
 そして、わたしは、いま、74歳(来年2月で75歳)。
 この本は、そのような「歳」のことを考えずには読めません。つまり、ある種の人生の「総決算」に「署名する」こと。リオタールはこのあとに、もうひとり、アウグスティヌスとも向かい合おうとしていましたが、草稿で終わってしまいました。
 そう、それなら、わたしは何に署名するのか・・・?署名するべき書名は何か?それに早く着手しないと・・・そう思わないでもないですね。
 などと、激しい「風の音」を聴きながら、心迷えるéquinoxe!
 なにしろ、今日は、運転免許証更新のために「認知症検査」を受けにいかなければならないのです!!
 そう診断されたらどうするのかなあ?署名する?署名もできないほど進んでいたら?
 そうそう、ブログだって、ある意味では「署名」です。Signé Yasuo(Kobayashiではなく)。
 こう言ってしまうところに、わが「師」リオタールへのある種の応答があるかもしれませんが・・・(つまり、この本を貫いている軸のひとつが、André と Malraux という二つの「名」のあいだの「抗争」でもあるので・・・、これは、わたしの実存にとっての決定的な、究極の問題なのですが、そのことを理解できる人はほとんどいないでしょうね・・・・)。
 
 
 


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