破急風光帖

 

★  日日行行(666)

2024.04.30

* あと1時間で4月が終わります。その終りの前になにか書いておこう・・・ただそれだけの動機。いったいなにが書けるでしょうか・・・

 先週、立教大学で一回の講義を受け持ちました。わたしが選んだわけではないテーマが、三島由紀夫の『豊饒の海』。その完結が1970年11月25日、その日に三島は切腹して自死したのでした。そのとき、わたしは二十歳。『豊饒の海』は、ご存知のように、二十歳を軸にして回転しているので、講義もまた二十歳のまわりをまわることになりました。
 で、その頃、わたしはなにをしていたか。それを知る資料があって、それがなんとその年の12月1日発行の雑誌『構造』(経済構造社)、「吉本隆明特集」なのですが、その書評欄に、翻訳が刊行されたばかりのルソーの『言語起源論』について書いているのが、二十歳のわたし!たぶん一般的に流通している雑誌に書いたはじめての原稿でした。いま、それを読んでみると、なんとデリダの『グラマトロジーについて』やレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』が引用されている。へえ、すでにわたしは、そういうものを読んでいて、それを使って!ルソーを読み、しかもーー後に東大の先輩同僚となるーー訳者の小林善彦さんの解説を批判したりしている!なんと生意気な学生だったんだろう、と笑ってしまいますが、しかしやはりすべては、断固として、二十歳のときからはじまっていたんだ、とちょっと感動しますね。
 その最後にわたしは書いていました、「人間による人間の差別と搾取があるところ、決して悪魔に取り憑かれた人間たちの叫びは消滅しないだろう。だから・・・悪魔をこそ滅ぼさなければならぬ」と。


↑ページの先頭へ