★ 日日行行(582)
* 「声/泪・十選」(2)
声ということになれば、わたしにとってのミューズを挙げておかないわけにはいきません。メゾ・ソプラノのアグネス・バルツァです。わたしの「90年代」は「オペラ」との出会いの時代でした(だから、「オペラ戦後文化論」となったわけですが)。多くの「声」と出会いましたが、そのなかでも、わたしを救ってくれたのが、アグネス・バルツァ。日本の公演にも一度行っています。でも、なんと言っても、ヴィデオで観た「カルメン」かなあ・・・最近は、彼女の「声」を聴いて泣いたことはありませんが・・・わが「声」の「女神」に「花」をおくらずに、この稿を続けることはできません。
媒体が何だったかわからなくなっていますが、1994年6月に発表された「私の好きなクラシック・レコード・ベスト5」に(ベスト2なのですが)エディタ・グルベローヴァとともに、バルツァを挙げていました。「・・・女性の声。ということになれば、わたしにとっては、アグネス・バルツァのあの硬質の強度が、足元から崩れ落ちていきそうになる精神の危機にあって、いかに人間の、しかもあまりにも人間的な意志の悲劇的な直立としてわたしを打ったかを言うほかにはない。Cruda sorte, Amor tiranno」(残酷ナル運命ヨ、愛ノナントイウ暴力!)ーーーという声が立ち昇るたびごとに、わたしの網膜にはーーギリシアだ!ギリシアだ!ーーー青空に廃墟としてそそり立つアクロポリスの石柱が浮かび、脳髄は地中海の悲劇の光でいっぱいになる」(『大学は緑の眼をもつ』148頁)読者には何気ないフレーズでしょうが、わたし自身にとっては「精神の危機」!、それを超えていくのに、アグネスの「声」の強さに、どれほど励まされたか、たとえ「悲劇的で」あるとしても、「声」の強度はもっとも純粋な人間の「証し」であるのだと思います。(なお、Cruda Sorteはロッシーニの歌曲。1991年のSonyのCD「ロッシーニ歌曲集」からです)。