破急風光帖

 

★  日日行行(369)

2020.06.28

* 「日常非常」ーーこの言葉をめぐって、日本経済新聞の今朝の朝刊「文化欄」にエッセイを書きました。

 5月に刊行した拙著『日常非常、迷宮の時代 1970-1995』(未来社)のタイトルがこうなった経緯を語りながら、たまたま選んだこの言葉がまさにいまの時代を射抜く言葉になった驚き、あるいは感慨を述べました。コロナ災厄がある程度落ち着いたとしても、「日常非常」の時代はこれからずっと続くように思われます。本のなかでは「日常異常」だったものが、「日常非常」になった。そこに歴史のひとつの転換点を見ようとしています。
 最近お会いした方には、こういうエッセイを書きましたと申し上げていたせいか、今朝は、何人もの人(女性ばかり!)から、日経のエッセイを読みました、というメールをいただきました。ありがとうございます。
 「日常非常」ーーこの言葉は、でもじつは、たんに人類の文化の転換点であるだけではなく、また同時に、これから先の「余生」を生きるわたしの覚悟でもありますね。ただ老い衰えていく「日常」ではなく、その「日常」を一個の「非常」として生きていきたい、と。「非情」ではなく「非常」、雪の降るなか、建物の外の「非常階段」を、さあ、のぼるのか、おりるのか(本のなかで論じた小川洋子さんの小説のイメージですが)。
 老いに日常なし、日日是非常。

 そうそう、昨日、お会いしたある方と盛り上がった話題・・・『若い人のための10冊の本』の続編として、「終る人のための10冊の本』を書いたらどうなるか?今朝はそのアイデアを考えながら「非常階段」をのぼっています。


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