破急風光帖

 

★  日日行行(321)

2020.04.11

* 1977年12月西武美術館の「マン・レイ展特別鑑賞券」が入っていましたから、その頃買ったのでしょう、最後の頁に鉛筆で書かれた値段もはじめ1900円だったのが、訂正されて950円になってますので、きっと古本屋で買ったのでしょうか、でもフランス語の本なんです。Anne Rey『Erik Satie』、éd. Seuil 。本棚の隅にあった小さなこの本を取り出して読んでみる、というのも、最近なんとなくサティの音楽ばかり聴いているから。

 そしてサティということになると、ピアノは高橋悠治。DENONから出ている悠治さんのサティのCD3枚くらいありますね。夕方になると、冒頭の「ジムノペディ」などを聴きながら、わたし流の「でたらめなダンス」Les danses de travresを踊るというわけです。でも今日は、「冷たい小品(逃げ出したくなる歌)」がかかったら、なぜか、このコロナの災厄で苦しむ人たちのことを思って、胸がつまりました。
 「ジムノペディ」、「グノシエンヌ」と来て、そのつぎが「天国の英雄的な門の前奏曲」(1894年)という不思議な題名の曲なのですが、最近は、なぜか、この曲を聴きながら、ほぼ同じ時代に、ロダンが制作していた、あの有名な「地獄の門」のことを考えてしまいます。上野の美術館にもありますが、わたしはこの2月にパリのロダン美術館の庭で見ています。
 この「地獄の門」が、いまの世界のコロナの災厄に重なり、その地獄の光景を、どこか上から見ているようなそんな感覚が襲ってきます。
 そんなこともあって、いったいサティはなにを考えて、こういうタイトルをつけたんだろう、と思ったわけ。薔薇十字会に接近していた頃のサティですから、そういう関係もあるのかな、と思ったけれど、Anne Reyの本からはあまり確かなことはわかりませんでした。
 いずれにしても、世界に開いてしまった「地獄の門」。そこに流れてくる「天国の英雄的な門」のピアノ曲。そのあいだで、なす術もなく、ただゆっくりと手足を動かしているしかないわたし。この前奏曲の次は、「ジュ・トゥ・ヴゥ」(あなたが欲しいの)。この軽快なリズムを聞いて、ようやく少しほっとするのです。
 音の数が少ないサティのシンプルな音楽が、このカオスの時代、不思議に心に沁みてきます。


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