破急風光帖

 

★  日日行行(314)

2020.03.29

* 「私たちは、人類が今まで通り抜けたことのない試煉を前にしており、ゆえに経験という根本的なデータが欠けています。経験とは予期せぬ事態を対処した蓄積です。私たちにはこの蓄積が欠けており、予期せぬ事態で何をすればいいか分かっていません。」(プリーモ・レーヴィ)

 プリーモ・レーヴィのほとんど最後の頃の言葉です。ガブリエッラ・ポーリ他『プリーモ・レーヴィ 失われた声の残響』(二宮大輔訳、水声社)からの引用です。1986年の言葉。翌87年の春、彼はみずからに死を与えます。
 春の大雪の朝、外に出ることもままならず、前夜一応のこととはいえ中国の雑誌のための原稿を書き終えて、次の仕事(ゲラの校正)に取りかかるべきところ、やはりニュースを追って心が暗くなる、そんな朝に研究室から運んできて床に積んである本の山から一冊抜き出して、この500頁にも及ぶ本をぱらぱらと読んでいました。いまは、そういう読み方しかできないですね。熟読通読するということが難しい。でも、なぜか、それでも、まるでタロット・カードをシャッフルしているみたいに、必要な頁に連れ出されるという感じがします。
 そして、この86年の世界の情勢についてのレーヴィの言葉を、2020年の「いま」に重ねて、「経験」が役にたたない「予期せぬ事態」を前にした人類の運命を考える。空から舞い落ちてくる雪の薄片の乱舞を見上げながら・・・
 この春の雪、明日にはきっとすっかり溶けてなくなってしまうのでしょうね。

 
 


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