破急風光帖

 

★  日日行行(242)

2019.05.21

* 「おいしい鮎でも食べたいなあ」と昨日、書いたのでしたが、京都で「おいしい鮎」が出てきそうなある知ってる店に電話をしたのですが、もういっぱいでだめ。で、結局、鮎は食べられませんでした。

 かわりにどうということのない居酒屋でひとり食事をしたのですが、そのときスマホでニュースを見ていたら、加藤典洋さんの逝去の報があって、愕然としました。おつきあいがあったわけではありませんが、少し上の先輩。しかも、18/19歳のころ、アルバイトでそばにいたことがあります。駒場の銀杏並木賞をとった小説を読んで、いやあ、驚きました。文学的才能というのはこういうものか、と。ヌーヴォーロマンの香りも高く。いまだに忘れませんね。
 かれだけではなく、東大の1年上、2年上の人たちはすごかった。輝いていた。ほかにも何人もいますけど、なかでも加藤さんの作品には仰天しました。わたしと1歳くらいしかちがわない人がこんな文章を書いてしまうんだ、と。そうか、自分には文学的才能などというものはまったくないんだ、とはっきりわかりましたね。以降、自分のことについて「才能」という言葉でなにか考えるということはありません。いまから思うと、それは、素晴らしいレッスンだったと思います。
 あとたしか90年代のはじめころ、「朝日ジャーナル」の最後の書評委員で同席させてもらったかしら?半年くらいのおつきあいだったと思いますが。
 加藤さんと最後にクロスしたのは、2、3年前、ある文学賞の授賞式パーティで一言「こんにちわ」を言ったときかな。
 接点が多いわけではないのですが、でも若いときの衝撃はずっと残り続けます。
 そして、同時に、わたしの世代も、こうして少しずつ消えていく世代なんだよなあ、と。京都の居酒屋のカウンターでひとりビールを飲みながら、いろいろな思いにふけっていました。小雨がぱらつく京都・寺町あたりの夜。でも、ビールは一杯だけで、あとは烏丸から阪急にのって、翌日の仕事のために大阪梅田へと行ったのでしたが。
 


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