破急風光帖

 

★  日日行行(241)

2019.05.20

* 先週の土曜日、日仏会館のシンポジウム「イマージュと権力」での基調講演を終えました。当ブログでも書いたように、わたしの「師」であった宮川淳さんの『鏡・空間・イマージュ』という一冊の本がわたしの人生を決定した、ということが出発点。「イマージュ』という言葉の「衝撃」について語ったのでしたが。

 この歳になると、もちろん脚色はしているのですが、ひとつの出会いによって自分の人生のひとつの次元が決定されている、ということを振り返って言えるのは、シアワセだなあ、と思いましたね。宮川さんは、わたし自身が一冊の本から出発して選んだ「師」でした。この人の言葉の世界に、わたしは降りていく、「鏡」のなかに降りていくように、という感覚がありました。だからかれが77年に44歳で亡くなったのは、ほんとうにショックでした。鏡のなかに降りていく、というのは、ある意味ではオルフェウスになること。「死」へと降りていくこと。ついで宮川さんの友人でもあった、思考の同じような斜面にいる豊崎光一先生も90年代のはじめに亡くなるのですが、そのとき、はっきりと、(その頃、自分自身も入院したりしたこともありますが)、このままでは、「次は自分だ」と思って、方向を転換することを決意しました。おもしろく言うなら、そうしたらたまたま編集した『知の技法』がベストセラーになるというアイロニー。
 ともかく、こうやって自分の人生を振り返ってしまいますね。つまり、自分とは無関係の第三人称的対象を論じるという姿勢はとれない。そういうことにもうあまり興味がない。日仏のシンポジウムにずっとおつきあいしていましたが、自分のなかに、応答的な運動がわき上がって来ないのを感じていました。これは、やっぱり「鏡」、老人性ナルシシズムなんですかねえ??老いたナルシス?ナルシスが水の面に映した顔が老人の顔だったら? 枯れた水仙、汚く縮こまって腐った花。
まあ、わたしの思考は、それでもなお、その老いた顔のなかで、目だけは、歳を知らず、まるで水の面のように、時間を知らない輝きを放っていた、という方向に進みます。そう、目こそが、鏡なんですね。でも、それが対をなしている。目が二つある。それを忘れてはいけない・・・と。

 今日は、また大阪へ。途中、京都で降りて、古い友人のリュシール・レイボーズさんに会って、あることをお願いすることになっています。季節だし、京都でおいしい鮎でも食べたいなあ・・・!


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