破急風光帖

 

★  日日行行(184)

2018.10.20

* 2009年1月27日という日付が入っています。これは、わたしがマルセル・デュシャンになった日です。福永一夫さんの写真集『ARTIST:1989-2018』が送られてきました。いっしょに1枚の写真も。この写真集、サブ・タイトルが「芸術家 森村泰昌の舞台裏」。90枚近くの森村さんの舞台裏の写真で構成されているのですが、5番目が、駒場のデュシャンの大ガラスの前で、デュシャンが裸体の女性とチェスをしている写真。そのデュシャンが、わたしです。

 デュシャンもまたわたしの人生にとっては、随伴してくれた人とも言えるのですが、そのデュシャンにわたしが「なる」というまさに道化的場面を、わが「双子の兄弟」である森村さんがそのとき仕掛けてくれたのでした。かれの撮影現場を訪れたわたしに森村さんが「小林さん、デュシャンになってくれません?」と声をかけてくれて撮った写真。それがとうとう10年後に公開されるわけです。これは、デュシャンからはじまったわたしの軌跡のひとつの到達点ですね。今夜、六本木で森村さんの展覧会のオープニングがあるので森村さんにも会えるかな。楽しみです。

 昨日は、それだけではなく、分厚い韓国語の本も届きました。表紙は、ラトゥールのグラナダのマリア。オール・カラーでたくさんの絵の図版が入った豪華本ですが、これがなんとわたしの『絵画の冒険』(東京大学出版会)の韓国語ヴァージョンです。表象文化論講義と銘打ったこの本が外国語に翻訳されるなんて!著者冥利につきますね。日本では全然評価されてませんが、おもしろい、と海外の人が思ってくれるのが嬉しいです。そうそう、来週は、ソウルに行って、日本の美について発表することになっています(英語ですが)。呼んでくださったベク先生に、一冊、献呈できますね。人文科学は国境を越えなければならない、と日頃から主張しているわたしにとっては、素晴らしい励ましです。この道を歩いてきてよかったなあ、と。

 一昨日は、東京藝術大学の内海健先生に呼ばれて、100名近い藝大生たちを前にして、これも道化的な講義をさせてもらいました。UTCP時代に内海さんには何度が来ていただきました。そういう方にいま、声をかけていただいて交流できるのはとても嬉しいです。人と人とのつながりのなかにこそ、人文科学の「花」があると思っているわけですから。
 雑誌『未来』で連載させていただいているオペラ戦後文化論で、山口昌男さんに依拠して、わたしの時代の「知」が道化としての「知」であることを論じていますが、遅ればせながら、わたしもますます「道化』化しています。アルレッキーノの自由。ここにこそ、「老い」を突破する鍵があると言おうかな。
 


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