破急風光帖

 

★  日日行行  (151)

2018.05.12

* すでに5月も半ばに差しかかり、緑は濃さを増しています。木曜日からパスカル・キニャールさんが来日されていて、この二日間、かれとパートナーのマルティーヌさんらと時間をともにしました。

 なにしろ今回のわたしの雑誌『午前4時のブルー』のキーパーソンですから。わたしも昨日は、友人に茶会を組織してもらったり、いっしょに根津美術館に行ったり、明治神宮の森を歩いたり。すばらしい5月の光のなかをごいっしょできました。こういう時間はほんとうに貴重ですね。なんでもないのだけど、きらきらしている。かれには、90年に思潮社から出た「現代フランス語の詩」の特集号に、わたしが『光の書」の一部を訳したのが、かれのテクストの日本語訳の最初じゃなかったかなあ、などと言ったりしました。われわれには共通の友人がいて、それはパリの画家黒田アキさん。アキさんのお家に招かれて食事をごいっしょしたのが、お会いした最初でした。と、いろいろつながっていくところがある。今日はこれから、駒場でキニャールさんとの対話の会がありますね。わたしもNHKの仕事の前に少しだけ顔を出すつもりです。
 でも、昨夜は、キニャールさんだけではなく、ベルリンからはトビアス・チャンさんも来て、これは毎年の恒例なのではずせない、窮余の一策で、恵比寿の同じレストランに予約を入れて、キニャールさん一行はテーブルで、トビアスとわたしはカウンターで話しするというアクロバット。わたしらしいと言えば、わたしらしい。トビアスとも、なんとかれのほうも、この1年、バガバットギータのことをずっと考えているのだ、となんという一致の不思議と!こちらは、わが雑誌にのせた原稿で、インドの山奥の舞台で、まさにマハーバーラタのそのところを朗読した話しを書いているわけですから。こういう不思議な交流こそ、わたしが求めるもの。人生において、それだけが究極の楽しみです。おいしい筍と稚鮎を食しながら、それぞれの精神の火花を交換するわけですね。
 生活という次元では、いろいろなことが起って、それに対応しなければならないのは、誰でも同じ。そういうことを超えて、人というものが、5月の梢の葉のさざめきのようにさらさらと風にゆれるのが美しいですね。


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