破急風光帖

 

★   日日行行 (119)

2017.11.18

* 素晴らしい旅でした。心満ち足りて、パリのロワシー空港を飛び立ちました。南仏のビオット、アヴィニョン、パリをめぐる1週間ほどの旅から、昨夜、帰国しました。

 前回9月のインドの旅がきわめて激しい旅であったのに対して、今回の旅は、心深い旅でした。それも、ただ、人との出会い。素晴らしい人に会えた感動がいまでも続いています。
 科研による桑田さんとの旅でしたが、南仏は、昔、表象文化論の学生であったケイコ・クルディーさんの全面的な支援を受けての旅。まず、今年で3年連続になるのですが、ビオットの村に滞在しました。ホテルの人たちともすでに顔なじみ。まるで自分の村のようです。マーグ財団のオリヴィエ・カプランさんにあってジャコメッティの未発表のデッサンを見せていただいたり、ケイコさんの紹介で、心理療法士のミシェル・ペリスさんにお会いしたり、マラの浜辺で地中海と戯れたり(研究テーマは地中海のトポスです)。さらにアヴィニョンに移動するのですが、途中、セザンヌが描いたサント・ヴィクトワール山やル・トロネの村を訪ねたりしました。わたしの原点とも言うべきセザンヌの「現場」をはじめて訪れることができて幸福でした。
 さらにアヴィニョンでは、北に百数十キロの村・グリニャンに行き、92歳の老詩人フィリップ・ジャコテさんのお住まいを訪ねてインタビュー。画家の奥様の展覧会も観ることができました。この会見は感動しましたね。人が美しく生きるということがどういうことか、目の当たりにしたように思いました。
 さらにパリでは、こちらは70歳ばりばりの現役の作家・パスカル・キニャールさんのお宅を訪ねることができました。そこでかれの物語「謎」のなかの謎めいたフレーズ「謎、それは自分自身」という言葉をめぐって話しをしました。
 こういう人たちに会っていると、ほんとうに自分がまだまだ「駆け出し」だなあ、という感覚がしてきます。生きることの深さ。この旅のあいだ中、なぜかフランス語の動詞のVivre(生きる)を、代名動詞 Se vivireにすることを考えていましたね。Vivreはかんたんだけど、Se vivireは難しい。どれほどのAbandon(放下と訳しておきましょうか)が必要であるか、とか。
 南仏特有の強い風ミストラルに、わたしの頭も吹きさらされて、少しは青空が見えてくるといいですねえ。数年前にラ・トゥーレット修道院に行った旅もすてきでしたが、今回のフランスはのびやかに深かった!その深さを味わえたことに、心より感謝です。
 


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