★ 日日行行 (88)
* 今日は5月1日。パリでなら、Mugeuet (スズラン)の日ですね。メトロの駅の入口で売っている白い小さな花の束を買って、コップにさして5月という季節を祝っていたのを思い出します。
一昨日の休日は、駒場で、IHSの安藤朋子さんの「歩行」の授業。約1年ぶりで、身体運動練習室だったか、2年間山田せつ子さんのダンスの授業を受けていたのでなじみのある空間に、自分の身体を泳がせることができて、しあわせでした。やはり空間のなかに自分の身体を解き放つモーメントというのは必要です。この運動が9月のインドへとつながっていく予定なのですが、さあ、どうなるか。
その授業の最初に、IHSの「生命のかたち」というプロジェクトを立ち上げたわたしの「心」を少し述べさせてもらいましたが、自分の「身体」という場をただしく認識できないで、他人の言葉ばかりを「解説している」人文科学なんてもう意味がないのではないか、ときびしく。自分の存在そのものにおいてこそ、人間を問わないでどうする、そこに新しい統合人間学(IHS)の地平が開かれるべきだ、と。ついでに、その日の朝、自宅の書棚からみつけたサミュエル・ベケットのほとんど最後のテクスト「Comment dire」を、ーーーベケットの手書きの草稿のプリントですが、ーーーベケットの芝居をずっと演じてきた安藤さんに捧げようと、差し出すついで!に、思わず、朗読のパフォーマンスをやってしまいました。自分の身体を解き放つと、こういう「行為」となる。これも「ダンス」のレッスンのおかげだったかもしれません。
(撮影はいつものように立石はなさんです)。
今朝は、ソフィアに帰ったボイヤン・マンチェフからメールが来ていて、帰ってすぐに、東京で得たインスピレーションのままに、「地獄への下降」のテクストを書き上げた、と嬉しい知らせ。「ダンテのように、ぼくは、東京で天使の案内がついていたみたいだ、そうじゃないかしら?」と書いてきてくれました。来春には、わたしもソフィアに行かなければ・・・。わたしの知恵(ソフィア)の天使に会うために、ね。(いまだに自宅の机のうえには、ソフィアの教会の天井を飾っていた天使の絵葉書がピンでとめられています。これは、いっしょにいったカミーユ・ファーレンがくれたもの。そのカミーユからも昨夜、メールが入っていました。ソフィア・ラ・トゥーレット三人組がこれでそろったことになります。ソフィアの山のなかから、三人でジャン=リュック・ナンシーに電話したのでした!! おかしなB.C.Y. です)