破急風光帖

 

☆  冬のfragment (1)

2016.12.23

* 「生きているものは、すべて変化し続け、フォルムを創造し続ける。天空と大地のあいだで、生と死のあいだで、自我と他者のあいだでそのたびごとにフォルムを生み出し続ける。そのことこそが「生」というものならば・・・・」

 先日、青山学院の研究室で何気なく書棚にあった、宇宙から見た地球の写真を集めた本、いや、雑誌を開いて走り見した。Brutus のspecial editionで『宇宙の目撃者(衛星写真で世界を見る)』1999年である。そうしたら、ほとんど最後に1頁のテクストがあって、そのまま追っかけたら、少しびっくり、わたし自身の文章であった。上掲の引用の前には、「限りなく赦すものと限りなく激しいもののあいだで、迷い、うねり、分岐し、蛇行しながら流されていくわたしたちの、たがいに絡みあった生の川の軌跡」などという言葉も並んでいた。すっかり忘れていたのだが、たしかに頼まれてこういう文章を書いたのだった。でも、いまでも、同じ写真を見てなにか書けと言われたら、同じようなことを書くのではないかな。「変化し続ける」という自分の言葉に反するようだが、変わらないものもある。変わらない同じものが、蛇行し、うねって、フォルムを生み出し続けるということか。
 かつてもいまも、同じようにうねっている。でも、そのことを、わたしはほとんど忘れていた。むしろそれこそ、十数年前にその文章を書いたわたしと、いまのわたしと、同じひとつの「川」であるということかもしれない。忘れていることのうちにこそ同じものがあるとでも言おうか。そのようにして、1999年から「いま」までなんと多くの湾曲を、転回を、まっすぐに通過してきたことか、この川、この水は。
 研究室に射し込む12月の明るい午後の光のなかで、一瞬、わたしの意識が漂白されたように遠くなる。


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