★ 日日行行(681)
* で、今日は、神楽坂のセッションハウスで、山田せつ子さんのソロ/ダンス「いま ここに います」を観てきました。4年ぶりのソロ公演とか。1時間のダンス、とても共感しました。ご自分の(人生ではなく)この実存を(振り返るのではなく)いま、ここ、として踊る・・・よくわかります。 続きを読む |
* で、今日は、神楽坂のセッションハウスで、山田せつ子さんのソロ/ダンス「いま ここに います」を観てきました。4年ぶりのソロ公演とか。1時間のダンス、とても共感しました。ご自分の(人生ではなく)この実存を(振り返るのではなく)いま、ここ、として踊る・・・よくわかります。 続きを読む |
* 今月最初ですね。結構、忙しい日々でしたので。 |
* 昨日はひさしぶりに映画館に行きました。午後、渋谷で少し時間の余裕があって、調べたら、ユーロスペースでアンドレ・ブルトンのドキュメンタリー映像をやるというので、行ってみました。 続きを読む |
* では、留留吾吾(2) 清岡卓行の「氷った焔」ですね。長い詩ですが、10ある断章の9の後半です。 |
* 突然、なんの脈絡もなく、記憶の底なしの底から、詩の2行が浮かびあがります。 ああ麗はしい距離 「距離」には「デスタンス」とふりがあったけれど、わたしには「ディスタンス」。吉田一穂の詩ですね。タイトルは「母」で、このあとに「悲しみの彼方、母への / 捜り打つ夜半の再弱音(ピアニツシモ)」と続くのでしたが、浮かんだときには、後半2行は随いて来てはいなくて、ただ、遠い記憶の彼方から、その「麗しいディスタンス」を越えて戻ってくる言葉がある、そんなことを考えていたのでした。 日日行行、留留吾吾 もちろん、これはアポリネールの詩「ミラボー橋の下」Sous le pont Mirabeau(1912年)のルフラン 「日々は過ぎ行き わたしはとどまる」 Les jours s'en vont, je demeure を踏まえています。そうですね、わたしはいつも、レオ・フェレ作曲のこの詩を口ずさんでますね。 (この稿を、「留留吾吾」第1回としようかな?) |
* 秋らしくなってきました。前線の影響で湿気が多いですが・・・昨日は、神保町の学士会館で、日本証券奨学財団の懇談会が開かれ、依頼されて90分の講演をしました。 続きを読む |
* 万一、前回ブログを読んで心配なさってくれている人がいるかもしれませんので、ご報告しておきますが、昨日の「認知症検査」、一応、基準点36点を超えていたようで問題はありませんでした。視力検査で、夜間視力が悪いことがわかりましたが、これは、緑内障とかいろいろ抱えていますので仕方ありませんね。(運転免許はまだ返納しないということです。山小屋に行けなくなって仕舞いますし・・・) 続きを読む |
* 明日は秋分ですね、Equinoxe、このéqui-に昔から魅かれますね。均衡がとれるというよりは、境界線の感覚。見えない線を通過して、違う世界へ進むみたいな・・・・ 続きを読む |
* 8月の最終日なので、なにかアップしておこうかな? |
↑ページの先頭へ |