ブログ 2018年07月

2018.07.23 Permalink

 2018年7月14日、こまば当事者カレッジ2018年度夏期コース「認知症を考える」の第3回が開催されました。今回のテーマは「当事者運動の新たな展開」です。小林孝彰さん(認知症ケア町田ネット世話人)、北中淳子さん(慶應義塾大学)、守谷卓也さん(DAYS BLG!)の三人を講師として招き、まずはレクチャーを行いました。

 小林さんは認知症とは「一旦獲得した脳の機能が加齢に伴って失われる過程」であるとしています。人間は誰でも成長の過程で新しい能力を身につけていきますが、それが加齢によって減少していくのが認知症です。そのため、認知症は「普通」の暮らしの延長線上にあるもので、認知症と呼びうる脳の機能不全とそうでない状態との明確な境界は存在しません。認知症の診断はこの連続的な変化に暫定的な線を引く作業であり、線を引く位置は時代や状況によっても変化します。実際、昔は認知症の人というと「何もわからなくなった人」を指し、異常者として扱われる存在でしたが、今では「ケアの対象となる人」、つまり医療や介護によって対処すべき存在という見方が定着しています。そして今、認知症になっても「自分らしく生きる」ことを望む当事者が増えており、認知症の人を「主体的に人生を送る人」として認め、支援することが必要とされています。小林さんはおれんじドア代表の丹野智文さんや元週刊朝日記者の山本朋史さんなど、そうした主体的な生き方を実践している認知症当事者を紹介しました。


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 二人目の講演者は「DAYS BLG!はちおうじ」の守谷卓也さんで、予定されていた前田さんが事情により急遽来られなくなったため、代役としてDAYS BLG!の活動を紹介してくれました。DAYS BLG!は東京都町田市や八王子市にあるデイサービスで、当事者の想いとその実現とを仲介するハブ機能を担うことを目的とした組織です。定年を迎えた人や、若年性認知症で仕事を続けられなくなった人などのための、自宅とも仕事場とも違う「第三の地域」としての場を運営してきた経験を通じて、認知症は予防や対策よりも「どう生きるか」が大事ではないかと語ってくれました。


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 前半の部の最後は北中淳子さんが、当事者運動の歴史とその科学的意義について論じました。当事者の経験の重要性が認識されるようになってきている今、主観的で絶対的な個別性を持つ当事者の語り(ナラティヴ)と、批判を通じて普遍的な客観性を確保することを旨とする科学者の分析(エビデンス)とのギャップをいかにして埋めるかが、ますます大きな課題となっています。北中さんは当事者自身が研究の科学的妥当性を検証した例として、北米の自閉症研究と、イギリスと日本の当事者参加型研究を紹介しました。また、認知症医療における脳神経科学的共感の構築を目指す臨床実践を紹介し、錯視や幻視の例を用いて、いかに認知症と正常な脳の境界線が曖昧なものかについて論じました。さらに、近年医師自身が当事者として語りだす動きから、科学性を帯びた当事者の自省性の可能性を示唆しました。


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 後半のワークでは、レクチャーで出された話題に関連して参加者から話し合いたいテーマを募り、テーマごとにグループを作って議論しました。話し合われたテーマとしては「在宅介護と家族の限界」、「当事者の声をいかに科学にするか」、「本人は困っていないが、周りが困っている時」、「理想的な支援」、「生きやすくなる工夫」といったものがありました。グループでの議論は要点を記録した模造紙を壁に張り出し、代表者が全体に向けて内容を発表した後、全体での議論を行いました。

 今回は全体としてやや時間が足りず、駆け足になってしまったような印象がありましたが、それだけ議論も充実していたと思います。在宅介護についての議論の中で、他人には優しくできても家族に対して同じような態度を取るのは難しい、家族や友人に対しても「さん」付けで読んだり、丁寧に話しかけたりすることで距離を取った方が付き合いやすい、と言われていたのが印象に残りました。認知症をひとつのきっかけとして、それまで自分の家族とどういう関係を築いていたのかが問い直されることがあるのだと思います。

(文責:石渡崇文)

2018.07.11 Permalink

2018年6月24日(日)に、こまば当事者カレッジ2018年度夏期コース「認知症を考える」の第2回が開催されました。第2回では「優しさを伝える技術・ユマニチュード」と題して、本田美和子さん(国立病院機構東京医療センター)とイヴ・ジネストさん(京都大学特任教授 ユマニチュード考案者)をお招きし、ユマニチュードの哲学や実践の仕方について、豊富なエピソードを交えてご講演いただきました。通常のこまばカレッジは、ゲスト講師の「レクチャー」と、それを受けた参加者全員の「ワーク」を中心に構成されていますが(「れくわく」)、今回はユマニチュードの考案者であるジネストさんにお越しいただいたことで、お二人によるレクチャー→参加者による振り返り(1)→Q & Aセッション→参加者による振り返り(2)という流れで進みました。終了後にもQ&Aセッションの続きを行うなど、より講師と参加者の対話を重視した形で行なわれました。

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お二人のレクチャーでは、まず本田さんからユマニチュードの概略についてご紹介がありました。「ケアとは、その人のもっている力を引き出すもの」という言葉から始まり、「引き出す」ためにその方がどのようなことできるか、きちんと評価するところからユマニチュードが始まることが共有されました。実際にお見せいただいた入浴介助の映像では、通常時には寝たままでシャワーを浴びていて、ご本人も泣いて苦しそうであったところ、ユマニチュードを用いた際には、その方が座れることを鑑みて座ったままシャワーを浴びる形に変更し、ご本人も落ち着いて介助を受け入れている様子が見受けられました。また、ユマニチュードの効果については実証研究も行われており、ケアにより、認知症症状が良くなったという結果や介護者の負担が軽減したという結果が得られているそうです。こうした流れを受けて、ユマニチュードを広く用いてもらうために映像教材も作られたそうです。YouTubeの「高齢者ケア研究室チャンネル」https://www.youtube.com/channel/UCHopS0wOt0R9Iun1ZH5fpLgではそれらの動画が公開されています。

続くジネストさんのレクチャーでは、ユマニチュードの哲学と実践についてより詳しく、多くのドキュメンタリー映像も含めてご紹介いただきました。改めて、ユマニチュードとは「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱を中心に、400以上の具体的な技術からなるケアの技法を指します。ケアにおいて、愛情や優しさは最も大事だけれども、それが伝わるには「技術」がいる – ユマニチュードは、優しさを伝える技術として、全て考案者のジネストさんとマレスコッティさんの経験に基づいて編み出されました。時間の関係上、個々の技術の詳細は伺えませんでしたが、例えば、相手との距離が20cm程度になるくらい近づいてしっかり目を合わせること、聞いているかわからなくとも全て言葉で説明し、了解を求めること、触れる時には背中かふくらはぎなど敏感でない部分から広く触れること、などが挙げられました。実際にレクチャーの最中には、2人一組になって相手の目の中に自分がよく見えるくらい近距離で見つめあうというワークが行われたのですが、報告者自身、初対面の相手の方にとても親近感が湧くのを感じました。ジネストさんはユマニチュードの生物学的な基盤にも注目されていて、講演中には関連する様々な神経科学的知見も共有されたのですが、互いを見つめることで脳内のオキシトシン分泌が促進されるという報告があり、それがこの「見つめる」効果を担っているのではと話されていました。また、触れ方について言及されていたことには、どうしても相手の体を動かそうとする際に「掴んで」しまうことが多いのですが、それはモノに対する扱いであり、掴まれた当人にとっては触れた人が敵であるかのような、暴力的なメッセージを与えてしまうのだそうです。医療や介護の現場で報告される「攻撃的な」人というのはいないのであり、いるのは「防御的な」人だけだという言葉がとても印象的でした。腕を上げてもらうにも、手の平全体を使って下から支えるように触れるなど、ユマニチュードにおいては各技術が「私はあなたの友人ですよ」というメッセージを与えられるように編まれています。そして実際、ジネストさんがケアにあたるとき、「何かをするために」その人のもとに行くことはないのだそうです。なぜなら、人と人が会うのは理由や目的があるからではなく、ただ友人だから。その人と「良い時間」を過ごすために出向いていき、そのついでに時々に応じてお薬を渡したり、食事場所に連れて行ったりするとのことでした。

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一方、ジネストさんの愛情豊かなお話を伺っていると、疲れてしまうことはないのか、その愛情が枯れてしまうことはないのかと思う部分もあったのですが、愛情や優しさを与えることで、自らもそれを受け取っているという側面があるようでした。ユマニチュードが「良いつながりの哲学」であるという言葉にも、その両方向性が現れているのだと思います。

今回は総じて、ケアという究極のコミュニケーションのあり方について一層深く考えられる、貴重な機会となったと思います。お越しくださり、さまざまな立場の当事者としてご意見・ご質問を寄せてくださった参加者の皆さまも有難うございました。次回以降のこまばカレッジもどうぞよろしくお願いいたします。

(文責:高村夏生)