2018年7月14日、こまば当事者カレッジ2018年度夏期コース「認知症を考える」の第3回が開催されました。今回のテーマは「当事者運動の新たな展開」です。小林孝彰さん(認知症ケア町田ネット世話人)、北中淳子さん(慶應義塾大学)、守谷卓也さん(DAYS BLG!)の三人を講師として招き、まずはレクチャーを行いました。
小林さんは認知症とは「一旦獲得した脳の機能が加齢に伴って失われる過程」であるとしています。人間は誰でも成長の過程で新しい能力を身につけていきますが、それが加齢によって減少していくのが認知症です。そのため、認知症は「普通」の暮らしの延長線上にあるもので、認知症と呼びうる脳の機能不全とそうでない状態との明確な境界は存在しません。認知症の診断はこの連続的な変化に暫定的な線を引く作業であり、線を引く位置は時代や状況によっても変化します。実際、昔は認知症の人というと「何もわからなくなった人」を指し、異常者として扱われる存在でしたが、今では「ケアの対象となる人」、つまり医療や介護によって対処すべき存在という見方が定着しています。そして今、認知症になっても「自分らしく生きる」ことを望む当事者が増えており、認知症の人を「主体的に人生を送る人」として認め、支援することが必要とされています。小林さんはおれんじドア代表の丹野智文さんや元週刊朝日記者の山本朋史さんなど、そうした主体的な生き方を実践している認知症当事者を紹介しました。
二人目の講演者は「DAYS BLG!はちおうじ」の守谷卓也さんで、予定されていた前田さんが事情により急遽来られなくなったため、代役としてDAYS BLG!の活動を紹介してくれました。DAYS BLG!は東京都町田市や八王子市にあるデイサービスで、当事者の想いとその実現とを仲介するハブ機能を担うことを目的とした組織です。定年を迎えた人や、若年性認知症で仕事を続けられなくなった人などのための、自宅とも仕事場とも違う「第三の地域」としての場を運営してきた経験を通じて、認知症は予防や対策よりも「どう生きるか」が大事ではないかと語ってくれました。
前半の部の最後は北中淳子さんが、当事者運動の歴史とその科学的意義について論じました。当事者の経験の重要性が認識されるようになってきている今、主観的で絶対的な個別性を持つ当事者の語り(ナラティヴ)と、批判を通じて普遍的な客観性を確保することを旨とする科学者の分析(エビデンス)とのギャップをいかにして埋めるかが、ますます大きな課題となっています。北中さんは当事者自身が研究の科学的妥当性を検証した例として、北米の自閉症研究と、イギリスと日本の当事者参加型研究を紹介しました。また、認知症医療における脳神経科学的共感の構築を目指す臨床実践を紹介し、錯視や幻視の例を用いて、いかに認知症と正常な脳の境界線が曖昧なものかについて論じました。さらに、近年医師自身が当事者として語りだす動きから、科学性を帯びた当事者の自省性の可能性を示唆しました。
後半のワークでは、レクチャーで出された話題に関連して参加者から話し合いたいテーマを募り、テーマごとにグループを作って議論しました。話し合われたテーマとしては「在宅介護と家族の限界」、「当事者の声をいかに科学にするか」、「本人は困っていないが、周りが困っている時」、「理想的な支援」、「生きやすくなる工夫」といったものがありました。グループでの議論は要点を記録した模造紙を壁に張り出し、代表者が全体に向けて内容を発表した後、全体での議論を行いました。
今回は全体としてやや時間が足りず、駆け足になってしまったような印象がありましたが、それだけ議論も充実していたと思います。在宅介護についての議論の中で、他人には優しくできても家族に対して同じような態度を取るのは難しい、家族や友人に対しても「さん」付けで読んだり、丁寧に話しかけたりすることで距離を取った方が付き合いやすい、と言われていたのが印象に残りました。認知症をひとつのきっかけとして、それまで自分の家族とどういう関係を築いていたのかが問い直されることがあるのだと思います。
(文責:石渡崇文)