Title: | 「共生のための障害の哲学」シンポジウム 専門知と当事者研究をつないで終了しました |
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Date: | 2012年7月28日(土)13:00-16:30 |
Place: | 東京大学駒場キャンパス18号館1階ホール |
2012年7月28日(土)13:00-16:30
東京大学駒場キャンパス18号館1階ホール
シンポジスト:綾屋紗月、熊谷晋一郎、稲原美苗
オーガナイザー:岩川ありさ(UTCP「共生のための障害の哲学」RA研究員)
主催:UTCP上廣共生哲学寄付研究部門L2「共生のための障害の哲学」プロジェクト
使用言語:日本語|入場無料|事前登録不要
【概要】
本シンポジウムでは、これまで障害の当事者研究を続けてきた綾屋紗月氏、熊谷晋一郎氏を迎えて、障害の哲学の新たな展開について話しあいたい。障害を研究する枠組み自体を当事者が問い、「専門知」と「当事者の知」を繋ぐことはできるだろうか。専門家が一方的にあてる尺度ではなくて、「ものさし」自体を当事者たちがデザインすることで、「専門知」と当事者研究は結ばれる可能性に開かれている。その際、構音障害をめぐる当事者研究について模索している上廣共生哲学寄付研究部門特任研究員の稲原美苗氏をまじえて、障害を研究することの意味について広く参加者との議論ができる場となることを目的とし、障害の哲学の可能性について模索する。
・シンポジストと発表要旨
綾屋紗月(あやや さつき)
【プロフィール】
1974年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター研究員。
大学時代は哲学を専攻。在学中、関東聴覚障害学生懇談会にて聴覚障害(ろう)学生とともに活動しながら、音声で話すことに高いハードルを感じる自分の言葉として手話を習得する。
2006年、アスペルガー症候群の存在を知り、診断名をもらう。
現在、日本初の、発達障害当事者による発達障害当事者のための就労支援施設「Alternative Space Necco」にて定期的な当事者研究会を開催中。
著書に『発達障害者当事者研究』(医学書院・共著)、『つながりの作法』(NHK出版・共著)、『増補・前略、離婚を決めました』(イースト・プレス「よりみちパン!セ」)がある。
【発表要旨】
「方法としての当事者研究」
従来、発達障害者が自助グループを運営することは、「心の理論」に問題があり社会性の障害を持った自閉症者にとって難しいとされてきた。 しかし、一年前からNeccoを場として模索してきた当事者研究の実践は、他の障害を持った人々の自助グループ実践や、ファシリテーション技法の蓄積などを参考にすることで、発達障害者の自助グループ活動が十分に可能であることを示唆している。今回、綾屋氏はその可能性について発表を行う。
熊谷晋一郎(くまがや しんいちろう)
【プロフィール】
1977年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター特任講師、小児科医。
新生児仮死の後遺症で、脳性マヒに。以後車いす生活となる。
東京大学医学部卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現職。
著書に『発達障害者当事者研究』(医学書院・共著)、『リハビリの夜』(医学書院)、『つながりの作法』(NHk出版・共著)。
【発表要旨】
「当事者研究の自然化の試み」
発達障害研究は、抽象度の高い「社会性」などの構成概念を、高次中枢や特定の神経修飾物質の機能に見出そうとしてきたが、そもそも社会性という概念は、歴史的・文化的要因によって影響を受けるものであり、個体側の特性とするには慎重さが必要である。また、社会性の概念を吟味せずに行われる研究は、社会的排除を個体側の要因に帰責する可能性があるだけでなく、具体的な支援法から乖離しつつあるとも感じられる。
綾屋との当事者研究が示唆するのは、感覚運動レベルの「情報のまとめあげ困難」こそが根底にある個体側の特性であり、それがある社会的条件のもとで「社会性の障害」というかたちで記述されうるという可能性である。
現在必要なのは、末梢からボトムアップに感覚運動レベルの特性を明らかにし、それをふまえて、「なぜ現代のコミュニケーション様式は、その特性に合わないのか」、「どのような支援があれば、特性に合ったコミュニケーションが成立するか」を具体的に考えていく研究だと私たちは考えている。
現在、私たちの研究グループは、この「情報のまとめあげ困難説」を、経験的な手法で検証するための研究に着手し始めている。今回は、私たちの行っている聴覚過敏研究を例に、当事者と専門家の共同によって質問紙を作成し、それを使って当事者を対象とした質問紙票調査を行うプロセスや、実験デザインや条件を設定するプロセスに当事者が介入することで、より再現性の高いデータが得られる様子などを紹介する。それを通して、仮説の生成、観測尺度の作成、観測のための実験デザインや条件設定など、研究の各段階に当事者が参画する可能性と意義について述べる。
稲原美苗(いなはら みなえ)
【プロフィール】
1972年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属「共生のための国際哲学研究センター(UTCP)」上廣特任研究員
未熟児として生まれ、保育器の低酸素状態が原因で軽度の脳性マヒ(アテトーゼ型)になる。オーストラリア国立ニューカッスル大学文学部社会学科を卒業後、同大学大学院に進学、honours degreeを取得。その後、渡英し、英国国立ハル大学大学院哲学研究科博士課程(Ph.D)修了。専門は身体論、フェミニスト理論、現象学、障害の哲学。
主な著書に、『Abject Love:Undoing the Boundaries of Physical Disability』 VDM-Verlag (2009年:ドイツ)、「This Body Which is Not One:The Body, Femininity and Disability」 Body & Society Vol.15, No.1, pp.47~pp.62, SAGE(2009年:イギリス)等がある。
【発表要旨】
「拒絶される声:間主観的言語障害学の可能性と当事者研究」
本発表では、構音障害者が社会生活に参加できるように支援するという言語療法学の役割を再考するために哲学との融合が必要だと提案することから始める。コミュニケーションの障害(ここでは構音障害)をもつ当事者は日常会話において特定の問題に遭遇しているが、コミュニケーション能力が全くないわけではない。ここで話す当事者研究とは、当事者が「コミュニケーションの主人公」として、自らの声の出し辛さや不便さについて「研究」をすることで、「自分をコミュニケーションし易く助けていく」取り組みである。
本発表では、「円滑なコミュニケーションを実現する上で、構音障害をもつ当事者の努力のみが求められるべきなのか」という問いに答えるために、ヴィトゲンシュタインの声の間主観性に着目し、コミュニケーションを再考する。特に、脳性マヒによる構音障害を抱えている私自身の経験を紹介し、私の声の分かり辛さは、単に標準的な音声言語を発声できない私に原因があるのではなく、聴き手の認識力不足も関係しているのではないかという点について議論したい。その上で、普遍的に分かりやすい音声が<人間の声>だと定めている規範の呪縛から私自身の声を解放するために、多様性を考える哲学的なアプローチを考察する、新しい「声の倫理学」を展開させたい。