シリーズ企画「身体との共生のために 〜21世紀の自己と身体をめぐる対話〜」
第9回　健康、病とは何か　〜現象学的・解釈学的アプローチを軸に〜

　2025年7月から、シリーズ企画「身体との共生のために 〜21世紀の自己と身体をめぐる対話〜」をスタートしました。この企画は科研費（23K12596）のプロジェクトと東京大学UTCPとの共催の企画となります。
　
　この企画では、哲学、人類学、社会学、医学、心理学、ファッション、演劇、音楽など様々な専門領域で、「身体」にひろく関連するご研究・ご活動をなさっている方々を、登壇者としてお迎えします。
　登壇者の方々のレクチャーやインタビューを通して、「私たちは自己の身体の他者性とどのように付き合っているのか」、「現代社会に特有の身体観を規定する要素にはどのようなものがあるか」といったことを検討したり、身体に関して現代の人々がかかえる様々な葛藤に対する処方箋を導くような議論をしていきたいと考えています。

第9回　健康、病とは何か　〜現象学的・解釈学的アプローチを軸に〜

話題提供者：中川萌子（UTCP特任研究員）

日時：2025年12月18日（木）14:00-16:00
場所：駒場Ⅰキャンパス101号館2階24号室 & Zoom

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　健康、病とは何か。健康ブームの今、この問いについて改めて考えてみる必要があると思います。確かに、健康診断で数値的に「問題なし」とされることは健康の一つの指標であると言えますが、もしその人に自身の身体への違和感や痛み、生活上の不都合があれば、その状態は本当に健康と言えるのか不明瞭です。また、一般に「健康に良い」とされている食べ物が、個々人それぞれの健康に本当に良いのかは個別に吟味される必要があると考えられます。なぜなら当然ながら、生活習慣病や食物アレルギーの有無、嗜好、体質等の様々な心身の要素により、食事として何が健康的かは個々人によって異なるからです。
　上述のように、健康や病の概念はその意味内実が曖昧なまま一般に用いられていると言えます。それに対して、例えばドイツの哲学者G.ガダマー(1900-2002)は健康を「標準値の測定」では捉えられない「内的に調和し自己自身と一致した状態」（『健康の神秘(Verborgenheit der Gesundheit)』(1993)より）であると捉えています。こうしたガダマーの健康解釈は生命や人間存在に関する彼の思想に基づいていると言えます。
　今回の発表では、個々の経験や事柄自体に即すことを重視する現象学的・解釈学的アプローチを軸に、上記のG.ガダマーの他、M.ハイデガー、木村敏、K.ヤスパース等の思想を用いながら、心身の健康や病という事象を存在論的地平から捉え直したいと思います。その際、健康-病という二分法的な枠組み自体を、グラデーション、相対性、個別性、主観性等のキーワードを手がかりに吟味し、脱構築（解体）していければと考えています。
　哲学の専門用語は極力使わず、様々な分野領域の方とざっくばらんに議論できればと考えていますので、どうぞお気軽にご参加ください。

♦︎講師略歴♦︎
中川萌子（なかがわ・ほうこ）
東京大学総合文化研究科UTCP特任研究員。M.ハイデガー哲学の研究で博士号取得後(2017)、哲学を社会実践に結びつけることに惹かれ、医学部に学士編入する(2020)。
医学哲学や生命倫理学等、医学と哲学の双方向的な学際研究の仕方を模索する中で、その一つの方向性として、健康、病気、老い、痛み、免疫といった医学的事象を存在論的地平から捉え直すことに関心を持ち、試み始めている。
著書・論文に、単著『脱-底 ハイデガーにおける被投的企投』（昭和堂）(2018)、「病という自然 ヤスパース、ハイデガー、木村敏」（『人間存在論』23号）(2023)、「現場の医師は胎児治療をどのように捉えているか―胎児治療専門家インタビュー調査から」（『生命倫理』vol.35）(2025)等がある。

シリーズ企画のコンセプトはこちらからご覧ください。

主催：
JSPS科研費「タトゥーの社会問題化とファッションとしてのタトゥーのカテゴリー化実践に関する考察」
（研究代表者：山田理絵、23K12596）
共催：
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属「共生のための国際哲学研究センター」（UTCP）上廣共生哲学講座