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Title: | シリーズ・身体との共生のために 第8回 病は誰のものか――水俣病を「認める」ことをめぐって要登録 |
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| Date: | 2025年12月2日(火)18:00-20:00 |
Place: | 駒場Ⅰキャンパス 101号館24号室 & Zoom |
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シリーズ企画「身体との共生のために 〜21世紀の自己と身体をめぐる対話〜」
第8回 病は誰のものか――水俣病を「認める」ことをめぐって
2025年7月から、シリーズ企画「身体との共生のために 〜21世紀の自己と身体をめぐる対話〜」をスタートしました。この企画は科研費(23K12596)のプロジェクトと東京大学UTCPとの共催の企画となります。
この企画では、哲学、人類学、社会学、医学、心理学、ファッション、演劇、音楽など様々な専門領域で、「身体」にひろく関連するご研究・ご活動をなさっている方々を、登壇者としてお迎えします。
登壇者の方々のレクチャーやインタビューを通して、「私たちは自己の身体の他者性とどのように付き合っているのか」、「現代社会に特有の身体観を規定する要素にはどのようなものがあるか」といったことを検討したり、身体に関して現代の人々がかかえる様々な葛藤に対する処方箋を導くような議論をしていきたいと考えています。
第8回 病は誰のものか――水俣病を「認める」ことをめぐって
話題提供者:宮田晃碩(東京大学大学院総合文化研究科・助教)
日時:2025年12月2日(火)18:00-20:00
場所:駒場Ⅰキャンパス 101号館24号室 & Zoom
対面参加の方:こちらからご登録ください。
Zoom参加の方:こちらからご登録ください。
水俣病は1968年にチッソ(新日本窒素肥料株式会社)の工場廃液を原因とする公害病であると国によって認められました。しかし公害認定後も、患者たちは直ちに十分な補償を受けられたわけではありません。既に水俣病と認定されていた患者たちはきわめて低額の「見舞金契約」によってそれ以上の訴えを封じられていましたし、またその周りには、症状を訴えているにもかかわらず水俣病と認定されない多くの「未認定患者」がいました。それゆえ彼らは自らの被害を訴え、水俣病である(=被害者である)と認定させるために、必死の思いで訴訟に臨まねばなりませんでした。その闘いは現在も続いています。水俣病の「認定」は医学的・疫学的になされるべきものですが、実際には補償問題と結びつき、政治的な力学によって歪められてしまっています。
そうした「認定」をめぐる問題は、被害者ひとりひとりが自らの病を「認める」ことの困難とも絡み合っています。認定を求めることは特に地域社会において「補償金目当て」といった偏見のまなざしで見られ、果ては「ニセ患者」という誹謗が投げかけられることもありました。また認定制度そのものに限らず、原因企業チッソの地元での影響力の強さや周囲からの差別といった事情のもとで、水俣病であると名乗り出ることが難しいという現実もあります。そしてまた水俣病の症状は生活を確実に毀損しながら、それが病のせいであると気づきづらい場合、他の病の症状との区別が難しい場合もしばしばであり、「水俣病である」と自覚することには複合的な困難が伴います。
今回はそうした困難を確認しながら、病を「認める」とはどういうことなのかを考えたいと思います。水俣病はもちろん公害病であり、加害者と被害者がいるという点で特殊な「病」です。しかしそこには普遍的な示唆も含まれているかもしれません。
♦︎講師紹介♦︎
宮田晃碩(みやた・あきひろ)
専門は哲学、特にハイデガーを中心とする現象学、言語論。2024年9月までUTCP上廣共生哲学講座・特任研究員。博士課程在学中に水俣病について記した石牟礼道子『苦海浄土』を読み、それまで抽象的にしか理解していなかったハイデガー等の言語や共同体に関する思索を、自分の足元から具体的に考える必要を感じた。その後縁あって水俣に何度か訪れ、勉強中。
シリーズ企画のコンセプトはこちらからご覧ください。
主催:
JSPS科研費「タトゥーの社会問題化とファッションとしてのタトゥーのカテゴリー化実践に関する考察」
(研究代表者:山田理絵、23K12596)
共催:
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属「共生のための国際哲学研究センター」(UTCP)上廣共生哲学講座







