われわれははじめから歴史のなかに存在している。世界の外に存在することを考えることが困難であるように、歴史の外に存在することなどほとんど考えられない。思考も科学も政治も芸術も経済も、人間が構成するものは、歴史というわれわれの根源的な存在様態に貫かれた事象であり、かつ歴史そのものがそのようにして構成されたもののいっさいである。
ある出来事によって歴史的時間性が切断されることで姿を現わすのが「時代」である。とりわけ、「モデルニテ(Modernité)」という「時代」は、ほとんどはじめて歴史が「時代」として自らを規定する「時代」であったと言えるだろう。これ以降、歴史は、それ以前の時間からつねにすでに切断されたものとして、また、来たるべき時間への新たな切断と飛躍のための助走として――すなわち、「時代」として区切られた時間性・空間性として現象し、経験され、記述され、表現されるようになる。
本プログラムでは、時代(=歴史的時間性)を実存者にとっての根源的な経験として考察し、実存と時間とがロゴスにおいて調停されることで生み出されてきた歴史の哲学、つまりは哲学の歴史を国内外の研究者とともに多元的に再検討する。時代と哲学に対する複眼的な考察を効果的におこなうために、事業推進担当者・原和之の研究「精神分析と哲学=愛知」、若手研究員・西山雄二の公開共同研究「哲学と大学」と連動しながらプログラムは進められていく。
PDFダウンロード:時代と無意識
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