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2026.03.05

追悼 石黒ひで先生

                  

                  追悼 石黒ひで先生                                                
                                      
                                      中島隆博

 はじめて石黒ひで先生のお名前を知ったのは、坂部恵先生の学部の授業であった。それはライプニッツを読解するもので、それまでは山本信先生の『ライプニッツ哲学研究』(東京大学出版会、一九五三年、一九七八年)を使っていたのを改めて、Hidé Ishiguro, Leibniz's philosophy of logic and language (Duckworth, 1972)を用いるというものであった。ライプニッツ自体が難解でよくわからない上に、石黒先生の分析哲学を用いたライプニッツ読解がさらに難解であって、ほとほと途方に暮れてしまった。わたしの中で、石黒先生はとても到達できない極北の研究者というイメージができあがっていたのである。
 ところが、人の縁というのは不思議なもので、二〇〇二年に21世紀COEプログラムに採択されたUTCP(共生のための国際哲学交流センター)のセンター長として、石黒先生が駒場にお見えになったのである。その柔らかい物腰に接して、わたしのイメージはすぐさま打ち砕かれてしまった。すでに七十歳を越えていらしたが、大変お元気で、UTCPのオフィスにもしばしばお見えになり、わたしたちと言葉を交わしていただいたのである。その中で、「石黒」というのは元々「石」であって、中国由来であるということを教えていただいたのは、印象に残っている。わたしが中国哲学を研究していると知ってのご配慮だったのかもしれない。
 その後、UTCPのセンター長の任を終えられてからは、あまりお目にかかる機会はなかった。それでも、レベッカ・バクストン、リサ・ホワイティング編『哲学の女王たち――もうひとつの思想史入門』(向井和美訳、晶文社、二〇二一年)の書評を担当した際に、女性哲学者のリストに先生のお名前を拝見して、やはり世界的にも注目されていた研究者であったのだなと、改めて感じ入った次第であった。
 実は、拙著『近代日本思想を読みなおす 1 哲学』(東京大学出版会、二〇二三年)を書いている際にも、石黒先生のことをずっと考えていた。日本の女性哲学者を何名か書きたいと考えていて、結局は三名の女性哲学者を入れたのだが、石黒先生を入れることはしなかった。それは石黒先生がまだご存命であったからで、「棺を蓋いて事定まる」と考えたからであった。
 今、先生を追悼しながら、わたしたちには改めて、石黒先生のご業績を顕彰する役割が残されている。かつての極北の研究者に是非近づいてみたいと思いつつ、ご冥福をお祈りいたします。


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