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【報告】<現代作家アーカイブ>文学インタビュー第8回 島田雅彦

2016.10.31

2016年10月5日の18時から、東京大学情報学環福武ホールB2F ラーニングシアターにて、<現代作家アーカイブ>文学インタビュー企画の第8回、島田雅彦氏(1961年-)への公開インタビューが開催された。今回の聞き手は阿部賢一氏 (東京大学准教授) である。

<現代作家アーカイブ>文学インタビューは、UTCP、東京大学附属図書館、飯田橋文学会の共同企画として開催されており、今回で第7回目を迎える。企画の詳細や過去のインタビューについては、本サイトのイベントページや過去の報告記事(※)を参照されたい。

(※)
第一回報告(高橋源一郎氏)
第二回報告(古井由吉氏)
第三回報告(瀬戸内寂聴氏)
第四回報告(谷川俊太郎氏)
第五回報告(横尾忠則氏)
第六回報告(石牟礼道子氏)
第七回報告(筒井康隆氏)

対談は、東京外国語大学での学生時代の記憶を辿るところから始まった。島田氏は、大学時代にロシア語を専攻した。外大では、一般に外国語ができなければならないというプレッシャーがあるが、同時にどの外国語が重要かは、その時々の時代的状況に左右される。冷戦末期という状況の中でロシア語を学んでいた島田氏は、大学時代にデビューを果たすことになる。

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島田氏自選の作品の中からまず『彼岸先生』について対談が進められた。『彼岸先生』は漱石のオマージュになっているが、明治の終りに対応させた作品として書かれた『こころ』のように、昭和の終りに対応させた作品をつくろうという思いもあって、『彼岸先生』を執筆したという。そして、その中では、身体や性との関わり、つまり肉体関係を通して分かるものを取り上げることになったのだが、ここには心も肉体の働きであり、意識や魂といった日本文学がこれまで取り組んできた主題に対して、最終的には「からだしかないんだ」という思いがあったという。

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続いて、話は課題図書の二つ目『退廃姉妹』に移った。これは戦後60年に合わせて執筆された作品で、朝ドラになるようなさわやかさを持つが、同時に米軍の風俗(慰安所)の相手をする戦後史の恥部を扱う作品でもあった。対談の中で、島田氏が自らの経済に関する関心を語った部分が興味深かった。現代経済では、金融部門が非常に大きい。しかしながら、島田氏が興味を持つのは、経済の中でも人が関与している部分であるという。これは生きるために「からだを売る」といった行為も含まれる。身体や欲望は経済活動と密接に結びついているのである。漱石の作品でもお金が重要な役割を果たしているという指摘もあった。

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最後に『徒然王子』について語られた。自分自身の「ロード・オブ・ザ・リング」をつくろうと思ったという本作品は、「構造をもったエンター・テイメント」を意図して執筆された新聞小説であった。『徒然王子』は、元々、島田氏にとって2回目の新聞小説として執筆された。新聞小説にはそれ特有のむずかしさがある。また、内容的にも歴史小説で、紀元前のものを扱ったものはあまりなく、チャレンジのし甲斐があると思ったという。

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その後、行なわれた質疑応答では、まず、アイデアを枯渇させないで書き続ける秘訣について質問があった。これに対して、島田さんは、一つのことをずっとやっていると「壁」にぶつかるが、適度に休息を取り、他のことをするなどして「迂回する」ことが大切であるという。今の自分から少し距離を取ることで余裕ができ、それまでの作業を客観的に見ることができる。また、執筆から刊行にいたるどの段階で一番喜びを感じるかという質問に対しては、「まだ書いていない段階。次の構想を練っているときが一番楽しい」とのことだった。

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対談では全体として、金融経済や、ゲノム、人工知能 (AI) など、多様で今日的な見地から文学・人間・社会を捉えようとする島田氏の姿があり、そこに氏の博学とフットワークの軽さを感じることができた。小説の中で身体性ということに着目したという話があったが、島田氏自身の小説執筆の過程での身体と心をめぐる感覚と捉え方も興味深いものであった。戦争などを扱う場合、それを体験した人にしかない強烈な動機が存在すると指摘した上で、体験した人が正確なことを書けるかということ関しては疑問もあり、距離のある人が書いた方が良い場合もあると島田氏はという。身体と心を微に入り、細にわたって観察し、使い分けることで文学も社会も多様で豊饒な姿をあらわす。対談はそのようなことを教えてくれたように思う。

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