Brain Sciences and Ethics / 脳科学と倫理

セミナー2:ガザニガを読む

中期教育プログラム「脳科学と倫理」セミナー(2)第8回報告

2007.12.08

中期教育プログラム「脳科学と倫理」の進行状況を報告します.
セミナー (2) 「ガザニガ 『脳の中の倫理』 を読む」
第7章 「反社会的な思想とプライバシーの権利」

【報告】串田純一さん 若手研究員

本文要約
  機能的磁気共鳴画像(fMRI)等の技術が進歩し、本人が隠しておきたい「心的状態(嘘など)」や「傾向性(差別的心情など)」を外から読み取ろうという試みが様々な形でなされている。その代表が「脳指紋法」と呼ばれるもので、これは、馴染みのある物事の映像や名前を認知すると発生するP300という脳波を検出するものである。この技法は既に事業化され、テロリストや犯罪者の特定のためにCIAが利用しているとされる。しかしこの技法は、テレビ等によって馴染みになったものをも検出したり、検査される者が訓練次第で反応を意図的に混乱させることもできるなど、問題も多い。今のところ、こうした脳のデータの法的証拠能力は、DNAや指紋に遥かに及ばず、判決を左右した例はない。その意味で、脳科学に基づく技術が思想統制やプライバシー侵害に繋がるというのは、こうした技術に対する過大評価であり、むしろ既存の技術とそれを利用している社会・経済的システムの方に懸念がある。インターネット上での商取引は個人の嗜好に関する情報を容易に流出・蓄積させるし、嘘の発見に関しては、ビデオカメラとコンピューターを使って表情の微妙な変化を読み取る方法の方が遥かに有効であるようだ。脳神経科学が読むのは心ではなくあくまでも脳であり、それも未だごく初歩的な段階にある。現状では、これを公的・制度的な強制力に結び付けるべきではない。

講読に際して議論された論点

  • 嘘の検出の手掛かりは、皮膚表面の伝導度(ポリグラフ)から脳の活動データを経て、再び表情という「外的な」表徴へと戻ってきた。だとすると、そもそも心を知るための場所として脳は本当に特権的なのか、という根本的な疑問が持ち上がってくる。例えば「嘘をついている」とは「真実を知っており」「それを隠す意図で」「作り話をする」といった内部構造を持った心的状態であるが、これに対応する分節化が脳に生じるわけではない。この一事からしても、脳と心は確かに全く別物なのである。
  • また、そもそも自己の心的状態や傾向性を知られないということは、そこまで重要な権利なのか。これらは、私たちの生にいかなる貢献をなしているのだろうか。むしろ、たとえ多様な心的状態や傾向性が広く公にされてもそれらが相互に許容され得るような社会的状態を整える、といった方向性をも考えるべきなのではないのか。
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    【レポート】ガザニガ 『脳の中の倫理』 第7章 「反社会的な思想とプライバシーの権利」 PDF (102KB)



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